名を奪われた人たち――相模原殺傷事件と匿名報道

過去に様々なご縁から雑誌等で執筆させて頂いたものです。

 最近、宮沢賢治の「よだかの星」を学生と読み解く機会があった。ストーリーを簡単に説明すると、外見が鷹に似ず、性格も優しい「よだか」は、鳥の仲間たちから虐げられ、鷹には名前を「市蔵」と変えろと脅され、共同体から逃げ出し、最後には燃え尽きて星になるという短編だ。賢治の〈犠牲精神〉が主題で、名前とアイデンティティーの関係性を説いた寓話とも読める。名前とは、一人の人間が、社会に存在する証明である。そして、相模原殺傷事件の被害者の匿名報道を思い起こし、自身の選択ではなく、匿名にならざるを得ない、名前を隠さざるを得なかった人たちの、奪われた権利を思った。被害者は、命を奪われ、さらには名前まで奪われたのだ。

 今年一月、初公判が行われた相模原殺傷事件とは、二〇一六年に神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者一九人が殺害され、職員二人を含む二六人が負傷した事件だ。元職員・植松聖被告が殺人罪などに問われ、起訴内容を認めたものの、被告の弁護団は心神喪失で無罪、あるいは心身衰弱だったとして刑の軽減を求めた。一方、検察側は、被告には「完全責任能力があった」と主張している。 

 植松はこれまで、重度障害者は「社会の負担」、「障害者なんていなくなればいい」などと話したと報じられている。被告人尋問が始まっても、植松は身勝手な言動を繰り返し、依然と変化はみられない。「新日本秩序」なる自作文書を準備し、誇大妄想的かつ身勝手な差別論を、法廷でも展開している。植松のような人物が、何故社会に生まれてくるのか。その背景に、優生思想とヘイトクライムの影響が色濃いとわかる。

 また、今回の初公判で特に議論となっているのが、前述した匿名報道と実名報道の問題だ。本件では、被害者の氏名を公開せず、事件後、警察は〈家族の意向〉などを理由に、一九人の犠牲者を匿名で発表する異例の対応を取った。裁判でも、横浜地裁が被害者の名前を法廷で明らかにせず「甲A」「乙B」といった記号で呼ぶことを決め、審理は匿名のまま行われている。遺族のほとんどは、匿名を希望したとされる。そこには、マスコミや世間からの、過剰な視線を回避したい心理が感じられる。社会に根強く残る差別意識から、家族に障害者がいるということを知られたくない心情もある。被害者遺族は、世間の偏見や差別を恐れ、実名報道に踏み切れないという現実だ。

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被害者の母の声――「美帆の名を覚えていてほしい」

 しかし、初公判開始前に、この事件で娘を失った一人の母親が、報道機関に手記を寄せ、写真と共に、娘の下の名前を公表した。そこでは、「本当に笑顔がすてきで、かわいくて仕方がない自慢の娘でした」、「美帆は一生懸命生きていました。その証しを残したいと思います」「美帆の名を覚えていてほしいです」と切々と綴られている。また、出廷した際には、美帆さんの存在がいかに尊いものであったかを語った。そして、「他人が奪っていい命などひとつもない。(略)あなたの言葉をかりれば、あなたが不幸を作る人で、生産性のない、生きている価値のない人間です」と、植松を全否定した。これらの母親の声は、匿名になった被害者とその遺族の声を代弁している。 〈生産性がない=生きている価値がない〉という表現は、LGBTへの差別にも使われる。経済至上主義、成果主義、格差社会の行き詰まりが、〈弱者〉叩きを加速させ、人権無視や差別を横行させる。その極端な例が、相模原殺傷事件ともいえる。このような価値観自体が、現代日本が抱える闇だという自覚を、私たちは持っていたい。

【付記】
本研究は、科研費の助成金によって作成されました(JSPS科研費 22K00357)。
This work was supported by JSPS KAKENHI Grant Number 22K00357.

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