〜沼田真里について〜
Profile

高知県立大学文化学部准教授(2025年度〜)
新居浜工業高等専門学校 一般教養課 准教授(2019年〜2024年度)
私は日本近現代文学における〈弱者〉や〈女性〉をテーマに、病気や障がい者の描かれ方、障がい当事者の文学作品、女性文学、女性表現を中心に研究しています。 縁あって愛媛県へ転居したことで、愛媛の郷土資料から森盲天外という新たな研究対象と出会い、長年続けてきた障がい当事者文学研究に、新たな作家を加えることができました。 当初は研究室のホームページを検討していたのですが、地域文化の振興に繋がる研究活動の一環としてデジタルミュージアムを開館して、その片隅に沼田真里研究室を併設させ頂こうという試みとなりました。 併せてお楽しみいただければ幸いです。
〜論文紹介〜
Thesis
目次
- 森盲天外「優填王経」(新出資料)
- 日本近現代文学と四国巡礼-井伏鱒二「へんろう宿」の場合
- 森盲天外「島津家と盲人保護」(新出資料)
- 新出資料・森盲天外の「盲人の読書難」について
- 病と障害の文学の先駆者・子規ーーその方法と趣向
- 〈病〉の文学の視座から読む『苦海浄土 わが水俣病』
- 正岡子規の時間意識 : 〈美〉と死生観の構造
- 正岡子規の死生観と〈美〉と文学観
- 「三ケ嶋葭子論――月を生き、われを詠う」
- 絲山秋子『ニート』論
- 素木しづ論――〈健康な不具者〉というパラドクス
- 『十六歳の日記』論–川端文学と盲目
- 終わりから読む家族小説――老い・介護・生命
- 女と微笑の謎–大庭みな子「山姥の微笑」論
- 田村俊子『彼女の生活』論–<生活>と<愛>をめぐる一考察
- 原爆文学とアメリカ―林京子の場合―
- 盲目と鏡花文学
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森盲天外「優填王経」①(新出資料)
森盲天外(本名・森恒太郎、1864~1934)は愛媛県の地方政治家であり、20代で失明した中途視覚障碍者でありながら数々の功績を残した人物である。盲天外は自伝『一粒米』、評伝『義農作兵衛』をはじめ、俳句雑誌「ばせう影」の発行など文学的な活動も残している。これらの創作活動の再評価の必要性と、障碍当事者文学としての価値については、拙稿『新出資料・森盲天外の「盲人の読書難」について』(1)でも述べた。 -



日本近現代文学と四国巡礼――井伏鱒二「へんろう宿」の場合
四国巡礼は 1200 年の歴史を有し、今もなお国内外から巡礼を目的とした旅人が後を絶たないほどの人気を博している。お遍路といえば、白衣にすげ笠、金剛杖の姿で歩いて巡礼する姿がイメージされるだろう。現代では歩き遍路のほかに、自家用車やバスツアーでの遍路、バイクや自転車の遍路もあれば、服装も人それぞれ、目的もそれぞれとなっている。初心者向けの本やサイトでは、本来の修行の一環としてのお遍路のマナーや作法、心構えも説かれているが、方法やスタイル、その目的も多様になっている。 -



森盲天外「島津家と盲人保護」(新出資料)
森盲天外(本名・森恒太郎、1864~1934)は愛媛県の地方政治家であり、20代で失明した中途視覚障碍者でありながら数々の功績を残した人物である。盲天外の功績の再評価の必要性は、拙稿「新出資料・森盲天外の『盲人の読書難』について」でもすでに指摘した(1)。本稿ではさらに、愛媛県内の資料調査で出会った森盲天外の草稿の一つ「島津家の盲人保護」を紹介する。 -



新出資料・森盲天外の「盲人の読書難」について
森盲天外(本名・森恒太朗、1864~1934)は愛媛県の地方政治家であり、20代で失明した中途視覚障碍者でありながら数々の功績を残した。伊予郡余土村町長在任時に、森が実践した「余土村是」が万国博覧会で一等賞となり全国の模範村になり、のちに道後湯之町長として財政難を改革するなど、政治家としての手腕を発揮した。また、私立愛媛盲唖学校設立、青年福祉事業である私塾「天心園」開設など、福祉や教育にも尽力した人物である。 -



病と障害の文学の先駆者・子規――その方法と趣向
正岡子規の偉業といえば、俳句短歌の革新、文章の革新がまず上がるが、日本近代文学における〈病と障害〉というジャンルにおいてもまた先駆者だった。子規といえば、病床で痛みをまぎらわすためモルヒネを飲みながら創作を続けた姿が思い浮かぶ。子規を論じる際には、創作時期によっては、病で寝たきりだったという身体的状況への理解は避けられない。 -



〈病〉の文学の視座から読む『苦海浄土 わが水俣病』――〈語り〉と〈聖性〉
四国巡礼は 1200 年の歴史を有し、今もなお国内外から巡礼を目的とした旅人が後を絶たないほどの人気を博している。お遍路といえば、白衣にすげ笠、金剛杖の姿で歩いて巡礼する姿がイメージされるだろう。現代では歩き遍路のほかに、自家用車やバスツアーでの遍路、バイクや自転車の遍路もあれば、服装も人それぞれ、目的もそれぞれとなっている。初心者向けの本やサイトでは、本来の修行の一環としてのお遍路のマナーや作法、心構えも説かれているが、方法やスタイル、その目的も多様になっている。 -



正岡子規の時間意識――〈美〉と死生観の構造
本論では、『松羅玉液』(明治29年4月21日~12月31日、新聞『日本』」)、『墨汁一滴』(明治34年4月1日~7月2日、新聞『日本』)を中心に、子規の〈時間〉意識に着目する。〈時間/空間〉は、〈客観/主観〉同様に、子規の俳句理論で重要な要素である。そして、この〈時間/空間〉理論が生まれた背景には、健常者以上に〈時間〉〈空間〉が制約される、病者特有の身体性があった。 -



正岡子規の文学と〈美〉と死生観
※こちらでは、博士論文の要旨のみご紹介します。 【要旨】 明治~昭和まで〈時代の死病〉として恐れられた慢性伝染病・結核は、文学作品で最も多く描かれた〈病い〉である。最初「肺病」「宿痾」の表現で登場し、一世を風靡した徳冨蘆花『不如歸』(一八九八)を嚆矢とし、一八九六年に夭折した樋口一葉もいて、明治期からすでにロマン化が… -



三ヶ島葭子論――〈月〉を生き、「われ」を詠う絲山秋子『ニート』三ヶ島葭子論――〈月〉を生き、「われ」を詠う
沼田真里 はじめに――〈書く女〉としての葭子 三ヶ島葭子。一九〇六(明治三九)年埼玉に生れ、四二歳の若さで没した、大正の女性歌人だ。葭子の創作活動期は、おおまかに『青鞜』の時代(明治四五~大正五年)、『アララギ』の時代(大正五~一〇年)、『日光』の時代(大正一一年~晩年まで)の三つに分けられる。『女子文壇』や『スバル… -



絲山秋子『ニート』論
四国巡礼は 1200 年の歴史を有し、今もなお国内外から巡礼を目的とした旅人が後を絶たないほどの人気を博している。お遍路といえば、白衣にすげ笠、金剛杖の姿で歩いて巡礼する姿がイメージされるだろう。現代では歩き遍路のほかに、自家用車やバスツアーでの遍路、バイクや自転車の遍路もあれば、服装も人それぞれ、目的もそれぞれとなっている。初心者向けの本やサイトでは、本来の修行の一環としてのお遍路のマナーや作法、心構えも説かれているが、方法やスタイル、その目的も多様になっている。 -



素木しづ論――〈健康な不具者〉というパラドクス
四国巡礼は 1200 年の歴史を有し、今もなお国内外から巡礼を目的とした旅人が後を絶たないほどの人気を博している。お遍路といえば、白衣にすげ笠、金剛杖の姿で歩いて巡礼する姿がイメージされるだろう。現代では歩き遍路のほかに、自家用車やバスツアーでの遍路、バイクや自転車の遍路もあれば、服装も人それぞれ、目的もそれぞれとなっている。初心者向けの本やサイトでは、本来の修行の一環としてのお遍路のマナーや作法、心構えも説かれているが、方法やスタイル、その目的も多様になっている。 -



『十六歳の日記』論――川端文学と盲目
四国巡礼は 1200 年の歴史を有し、今もなお国内外から巡礼を目的とした旅人が後を絶たないほどの人気を博している。お遍路といえば、白衣にすげ笠、金剛杖の姿で歩いて巡礼する姿がイメージされるだろう。現代では歩き遍路のほかに、自家用車やバスツアーでの遍路、バイクや自転車の遍路もあれば、服装も人それぞれ、目的もそれぞれとなっている。初心者向けの本やサイトでは、本来の修行の一環としてのお遍路のマナーや作法、心構えも説かれているが、方法やスタイル、その目的も多様になっている。 -



終わりから読む家族小説――老い・介護・生命
沼田真里 人生の最期に誰といるか、どのように過ごしているのか。いつの時代にも〈理想的な最期〉というものが云われるのだろうけれども、一方で、独り寂しく野たれ死ぬのではないかという不安も時代を問わずあるのだろう。だから人は結婚し、子を作り、家を築いてきた。年老いて、自分一人では身動きができなくなった時に、責任をもって面… -



女と微笑の謎~大庭みな子「山姥の微笑」~
四国巡礼は 1200 年の歴史を有し、今もなお国内外から巡礼を目的とした旅人が後を絶たないほどの人気を博している。お遍路といえば、白衣にすげ笠、金剛杖の姿で歩いて巡礼する姿がイメージされるだろう。現代では歩き遍路のほかに、自家用車やバスツアーでの遍路、バイクや自転車の遍路もあれば、服装も人それぞれ、目的もそれぞれとなっている。初心者向けの本やサイトでは、本来の修行の一環としてのお遍路のマナーや作法、心構えも説かれているが、方法やスタイル、その目的も多様になっている。 -



田村俊子『彼女の生活』論――〈生活〉と〈愛〉と女と男
沼田真里 はじめに 田村俊子『彼女の生活』(一九一五・七「中央公論」)は、長谷川啓「解題」(一九八八・八、『田村俊子作品集 第二巻』オリジン出版センター)による評価――優子の「愛の信仰」は「自己欺瞞・自己暗示」であり、「風刺の利いた結婚生活の告発」である――が起点となり、以降女主人公優子の「愛の信仰」や〈愛〉をどう評価… -



原爆文学とアメリカ――林京子の場合――
沼田真里 はじめに 林京子(一九三〇~)は一九四五年八月九日、長崎市内の軍需工場で被爆した。当時十四歳だった少女は、それから三〇年後に被爆体験を描いた作品「祭りの場」※1で文壇デビュー、一九七五年六月に同作で芥川賞を受賞する。以降現在に到るまで、自らの原爆体験や被爆者の生活・人生をテーマに創作活動をつづけてきた。林京… -



盲目と鏡花文学
はじめに 鏡花は初期から晩年にいたるまで、十六作品において盲人を登場させ、そのうち十作品で盲人は悪役となっている※1。特徴はいずれも、美しいヒロインに言い寄る醜男で執念深く付きまとい、愛欲に憑かれた不気味な存在だ。鏡花作品の盲人については、村松定孝が指摘し、尾崎紅葉「心の闇」の盲人像の摂取を論じている※2。が、師紅葉の… -



森盲天外「優填王経」②(新出資料)
森盲天外「優填王経」は、松山市余土公民館に保管されていた未発表原稿のうちの一編である。森恒太郎(盲天外)は伊予松山の出身で、明治~昭和まで活躍した地方政治家であり俳人である。彼は三十代で失明した中途視覚障害者でありながら、政治面・文化面で多くの功績を残した。ただ地元愛媛では著名であるものの、まだ全国的には知名度の低い人物であり、学術的な評価においても分野が限定されている。今回の一連の新出資料により、彼の功績や活動の意義をより多くの人に周知し、森盲天外の再評価の一助となることを願 っている。


