森盲天外著「貯金道話」を読む①第1講~第2講まで

森盲天外の『貯金道話』は、単なる金銭管理の指南書ではありません。これは、人生の根本にある「蓄える」という行為を、道徳・勤労・精神修養の観点からその思想をわかりやすく講和形式に説いた、明治の叡智が息づく珠玉の一冊です。

盲天外は、視力を失いながらも村長として民を導き、教育者として盲唖学校を設立した人物。その生き様が本書にもにじみ出ています。「貯金」を単なる貨幣の蓄積のみならず、それを人格形成の一環と見なします。すなわち、日々の勤労に感謝し、無駄を慎み、未来への備えを「道」として歩むことこそが、真の豊かさへの道であると語るのです。

本資料が、盲天外の思想に触れ、その深奥を汲み取る一助となりましたならば、編者としてこれに勝る喜びはございません。

※本稿においては、原文の思想的・文学的価値を損なうことなく、そのままの言葉遣いを尊重しつつ意訳を試みております。なお、本文中には現代の価値観に照らして不適切と受け取られかねない表現が含まれておりますが、これらは当時の社会的・文化的背景に根ざしたものであり、差別や偏見を助長する意図によるものでは決してございません。本稿の目的は、歴史的文脈における思想の真意を汲み取り、時代を超えてその精神的・哲学的意義を伝えることにあります。

意訳:井上雅史 (一粒米の会 会員)
                                             

目次

第1講  どのようにして富豪になれるか

富豪になる出発

富豪になりたいというのは、誰もが言っていることですが、実際に富豪になる人が少ないのは、どういうわけでしょうか。それは、富豪になろうとするのではなく、富豪の真似をしたがるからです。

ある貧乏人が、雨の日に泥だらけの道をとぼとぼ歩いていると、向こうから二頭立ての馬車が勢いよく進んできます。避けずにはいられません。道は富豪の専有物でもないのに、避けなければならないとは、忌々しいことです。それでも馬は容赦なく泥沢を蹴り上げて、頭から泥水を浴びせかけました。道を譲っていても、こんな目に遭ったのです。

「ああ、貧乏は嫌だ。俺もあの人のように馬車に乗り、人に道を譲らせてみたい」と、すぐに富豪の真似がしたくなります。美味しいものを食べ、良いものを着ている人を見ては、またも真似がしたくなります。このように真似をしたがる人は、富豪になろうとしているのではありません。富豪になるには、富豪になるための道があります。その道は、決して人に譲る必要はありません。

どれほど世の中で努力を重ねている富豪でも、その最初はといえば、赤裸々な貧乏人であったに違いありません。最初から今日の富豪になっているわけではないでしょう。ですから、富豪になる最初は貧乏人なのです。貧乏という位置が、富豪になる出発点なのです。

この出発点から一歩ずつ出かけていって、次第次第に富豪という位置に進んでいくのですから、「貧乏だ、貧乏だ」と恨むにも足りません。自暴自棄になる必要もありません。貧乏は富豪になる出発点であって、富豪もまたこの出発点から出かけたのです。ですから、富豪も貧乏人も、出発点において一致しているのです。

こう思ってみれば、貧乏人の前途は実に楽しいもので、花咲き蝶舞う、限りない春が私を迎えて、一路平安、富豪への旅に誘っているのです。ですから富豪になりたいならば、この旅路に出発するのが肝要です。富豪の真似をしては、富豪にはなれません。最初赤裸々な貧乏人であった富豪の、その貧乏からの道のりを学んで進み行く覚悟が、何よりの事です。

現在の富豪も、その初めは赤裸々な貧乏人であったとはいうものの、既に前途に遠く進んでいるのです。貧乏人の私はまだ元の所にいて、富豪と私とはその距離が隔たっている。見ても見えません、声も届きません。それを富豪の真似をしていて、富豪になれるものではありません。

私の境遇は貧乏であるということを、よくよく承知して、距離のある富豪に一歩ずつ追いついていく覚悟がなくてはなりません。ですから、まず貧乏人を出発点として富豪への旅に出発するには、山を越え、海を渡って、前へ前へと進むのです。

ところが途中で逗留したり、道草をして、わずかにできた金も富豪らしく使ってしまっては、たちまち後戻りをして元の貧乏人になるのです。これでは折角の門出が何の役にも立ちません。行っては戻り、戻っては行きして生涯を暮らしては、富豪になることができるものではありません。

結局、現在の私と希望する富豪とが、多くの距離を持っていることを理解しないからです。とかく間違いが起きるのは、この道理がわからないからのことでしょう。

米が飯になるといっても、まだ炊いてもいないものを食べて美味しいことはないでしょう。米が飯となるには、洗われ、炊かれてからのことです。貧乏人はまだ米です。飯にはならないということを覚えて、富豪を羨まず、貧乏を悲しまず、めでたく門出をして、日夜勤労の旅路に上るならば、やがて米が飯となるように、富豪ともなることができるのです。

ですから、富豪になる出発は大切なことなのです。

夏の綿入れ、冬の帷子(かたびら)

「金が敵か、敵が金か」。金を敵と呼ぶ人がいますが、金が私たちに仇をなしたことがあるでしょうか。金には手も足もなく、人を傷つけたり殺したりする凶器を持っているわけでもありません。敵と呼ぶ理由は、本来ないはずです。

結局のところ、金が仇をするのではなく、人間が自ら金を求めて苦悶に陥っているのです。いわば自縄自縛。金は、迷惑な存在というより、迷惑をかけられている存在です。人は「金が欲しい、欲しい」と欲張り、まるで天から降ってくるか、地から湧いてくるかのように考えて、つかみ取ろうとします。しかし、そうしても金は捕まえられません。

金を得るための道を見失い、ただ空をつかもうとしているからこそ、煩悶や苦悩に陥るのです。金を自己の内に求めるならば、金は敵ではありません。強いて敵と呼ぶならば、それは金ではなく、金を敵と呼ぶ自分自身が敵なのです。

夏の暑い日に綿入れを着れば、暑くてたまりません。冬の寒い日に帷子(薄い単衣)を着れば、寒くてたまりません。富豪になりたいと言っても、まだ富豪になっていないうちは、貧乏人です。貧乏人と富豪の間には、遠く隔たった距離があります。

その距離をわきまえず、富豪の真似をしたがるからこそ、たちまち「夏の綿入れ、冬の帷子」となるのです。貧乏人が自分の地位をよく理解し、「自分にはこれだけのことしかできない」と思って、その場所・その時にふさわしいことをしていれば、煩悶や苦悩に陥ることはありません。

それなのに、富豪の生活を見て良い衣服が着たくなり、美味しいものが食べたくなって、自分が貧乏であることを忘れてしまうと、冠履転倒(物事の順序が逆になること)が起こり、夏と冬の感覚が狂ってしまうのです。

聖人も「足ることを知れ」と教えていますが、たとえ足ることを知らなくても、「夏は夏、冬は冬」ということを知っていれば、貧乏は貧乏、富豪は富豪。何も羨むことも、苦しむこともありません。

もしここに少しでも差があると、天地はたちまち隔たってしまい、富豪になる旅路に出発しても、夏に綿入れを着ては暑く、冬に帷子を着ては寒くて、その道中ははかどるものではないのです。

金の親

流れを源泉に求める」という言葉がありますが、金が欲しい欲しいと願うならば、その金がどこから生まれてくるのか、何が金を生む“母”なのかを知らなければなりません。では、金は何者によって生み出されるのでしょうか。天から降ってくるわけでもなく、地から湧いてくるわけでもありません。

七福神の絵に描かれた大黒天が、打出の小槌を振って無尽蔵に金を出している姿があります。
では、金の生まれどころは本当にその小槌なのでしょうか。俵の上に乗り、槌をかざす大黒天を福の神として描いた意味をよく考えてみると、金は私たち人間が生むものだとわかります。すなわち、私たちの勤労によって金は生まれるのです。

あの槌は「土」を象徴しています。土を打てよ、土は万物を生み出す母である。足元にある米も、私たちの勤労によって生まれてくるのです。土地が無尽蔵に生産するといっても、人の勤労がなければ、何も生まれません。「打てよ打てよ」と教えられた意味は、ここにあります。

私たちが財産として尊重する田畑や山林も、人がそれを利用してこそ、富としての価値が生まれます。いくら多くの田畑や山林があっても、人がそれを活用しなければ、経済的な価値はまったくありません。山林に生い茂る木も、建築材料として使われて初めて価値が生まれます。田野に波打つように実る米も、食料として利用されるからこそ価値があるのです。

その他の物もすべて同じです。利用こそが、万物に価値を生じさせる理由です。そしてその「利用」は、人の勤労によって初めて可能となります。人の勤労に触れないものは、利用されず、したがって価値も生まれません。つまり、私たちの勤労こそが価値であり、金そのものなのです。

その勤労は人によるものですから、人はまさに金を生む存在であり、金の“母”なのです。大黒天の打出の小槌とは、私たち人間が持つ勤労の象徴なのです。「金をやろう、金が欲しければ働いて取れ」——この言葉の意味が、ここにあります。

ですから、金は人々の勤労によって生まれます。金が欲しい欲しいというならば、天の高みに求めることも、地の深みに探すことも無用です。遠くに求めるのではなく、近くの自己に求めれば、無尽蔵に得られるものであり、それは決して難しいことではありません。

自己こそが金を生む“母”であり、金は自己が生む“愛児”なのです。流れを源泉に求めずして、金が欲しいと願っても、求める場所が違っていては、得られるはずがありません。

姿こそ深山隠れに苔むせど 谷打ち越えて見ゆる桜木

(姿は深い山の奥に隠れて苔むしているけれど、谷を越えて見える桜の木よ――真実の価値は遠くではなく、すぐ近くにあるという意)

ホトトギスの親

五月の空に鳴き渡り、文人の詩にもよく登場するホトトギスは、ウグイスの巣を探してそこに卵を産みます。その卵を産む間だけが親であり、産み終わると巣を離れ、二度と戻ってきません。いわゆる「産み捨て」であり、卵を孵化させようとはしないのです。

その後、巣に戻ってきたウグイスは、卵があるのを見て、それを温め、孵化させ、育てます。しかし、ホトトギスの子は、子でありながら子ではなく、早朝にはどこかへ飛び去ってしまい、せっかく育ててくれたウグイスを失望させるのです。

金は、人が生んだ子です。生んだ親であるならば、その子を育てるのは当然の務めです。ところが、多くの人は、自分が生んだ金を育てようとせず、それをすぐに食べ、飲み、使い果たし、他人の手に渡してしまい、少しも顧みません。金が欲しい、可愛いと言いながら、産み捨てにして人手に渡してしまうのです。まるでホトトギスの親のような振る舞いです。

私たちは、よく働いて金を生み出さなければなりません。そして、生んだ金は育てなければなりません。育ててこそ、親というものです。それを育てずに人手に渡してしまうのは、親の責任を忘れた行為であり、自己の勤労をも軽んじる人だと言わざるを得ません。これでは、子を愛する人とは言えません。金が欲しい、可愛いと言っているのは、まったくの空言です。子への愛を忘れ、自己の勤労を重んじない人は、まさにホトトギスの親なのです。

「老いては子に従う」という言葉がありますが、年老いたからといって、天職は天職としてあります。のらりくらりと暮らすべきではありません。しかし、老いれば体力は衰え、気力も弱まるのは自然の道理であり、やがて老後は我が子に頼らざるを得なくなります。

人は金を生み、その金を育てる。すると、その金が初めて独立するに至るのです。ここに至って、老後を託すことができます。これは養育の報酬であり、当然受けるべき親の幸福です。この幸福を得ようと思えば、生んだ金を養育しなければなりません。

どれほど多くの金を生んだとしても、それを育てなければ、到底幸福を受けることはできません。金を生んでもホトトギスの親のように顧みず、人手に渡してしまっては、富豪にもなれず、老後の助けも得られません。

金の親である私たちは、親の責任を果たし、産み捨てにしないことが肝要なのです。

鬼子母

「鬼子母」という名を聞くだけでも恐ろしさを感じます。ましてや、その絵や木像を目にすれば、身がゾッとするほどです。では、鬼子母とはどのような因縁によって、これほど恐ろしい名と姿を持つようになったのでしょうか。

お釈迦さまが舎衛の道場におられた頃、その近辺では毎日人の子が失踪していました。誰が子どもを誘拐しているのか。子を失った親は悲鳴を上げて嘆き、人々の心は騒然として騒ぎが止まりません。お釈迦さまがその原因を探られると、それは鬼子母の所業であることが判明しました。

鬼子母は、初めは自分の子を養い、可愛い可愛いと育てていました。しかし、ついには我が子を食べてしまい、その味が忘れられなくなりました。そこで他人の子を奪い、無惨にもそれを食べるようになったのです。鬼子母の住居には、児童の白骨が累々と積み重なり、室内には血なまぐさい風が満ちています。広い一室には誘拐された子どもたちが数多く幽閉され、今まさに食べられようとしていました。

お釈迦さまは驚き、慈悲の手を差し伸べ、幽閉されていた子どもたちをひそかに救い出しました。すると鬼子母は忽ち狂い出し、両眼を怒らせ、裂けた口に牙をむき出し、髪を振り乱して西へ走り、東へ駆け、奪われた子どもたちの行方を探し始めました。狂いに狂って慟哭は止まず、ついには疲れ果てて大地に倒れ、悲鳴を上げていました。

お釈迦さまはその時を見計らい、倒れた鬼子母のもとへ行かれ、「汝は何故にこれほど悲しむのか」と尋ねられました。鬼子母は血走った目に涙を湛え、殊勝らしく答えました。「私が日夜愛育していた数多の子どもたちが、何者かに誘拐され、行方が知れません。それゆえ、こうして嘆き悲しんでいるのです。どうか慈悲のお心をもって、我が子の行方をお知らせください」と。

それを聞いたお釈迦さまは言われました。「汝は真に子を愛する者であるか。汝が子を愛するならば、他人の子を愛する親の心も知らねばならぬ。汝が狂い求めるように、子を汝に奪われた親もまた、汝のように驚き悲しんでいるのだ。他人の親の愛こそが真の愛である。汝は我が子を食べ、その愛着によって、なおも他人の子を奪い、食べようとしている。それは愛ではなく、執着である。恐ろしいのは、その執着なのだ。汝のような非道の愛は、我が子を損ない、他人の子を損ない、そしてその執着によって狂い回り、身を疲れさせ、命を失うに至るのである」と、細やかに説き諭されました。

その言葉の下に、鬼子母は忽ち大悟し、ついには仏の道に入り、子を守る仏となったということです。

お釈迦さまが鬼子母を通してこのような理想を語られたのは、何のためだったのでしょうか。恐ろしい鬼子母の所業は、決して他人事ではありません。あるいは、私たち自身の中にも、この鬼子母のような振る舞いをしている者がいるのではないでしょうか。

己が子を恵む心を法とせば  学ばずとても道に至らむ

(自分の子を慈しむ心を法則とするならば、学ばずとも道に至るであろう)

子を食う人

人は汗水を流して働き、ようやく少しの金を儲けると、すぐに刺身だ、蒲焼だと食べてしまい、酒だ、ビールだと飲んでしまいます。御召(高級絹織物)の衣服や厚板の帯などを使い飛ばし、一度味わえば欲に欲が重なり、足ることを知りません。

しかし、自分が儲ける金には限りがあります。その限りある金で、限りなき欲を満たそうとしても、縫い目が合いません。そこでほころび始め、親から譲り受けた道具や家、蔵、田畑までも食い始めます。それらもやがて尽きると、今度は人の子が食いたくなり、借り倒したり、騙したりが始まります。

十年の年季奉公も、あと一年勤めれば暖簾分けしてもらえるというのに、勘定をごまかして得意先の掛金を使い込む。これは、自分の子を食ってその味が忘れられず、なおも人の子まで取って食い始めるようになった姿です。

金はすべて、人が生んだ子ではありませんか。それを取って食っている人が、この世にはたくさんいるのです。一人の鬼子母が鬼子母なのではありません。このような人は、金が欲しい、富豪になりたいと言いながら、結局は食いたい、着たいという欲望の鬼となっているのです。

鬼心が生じると、たちまち目が光り出し、どこかに人の隙はないかと狙い、勘定をごまかしては鼠の音にも目をきょろつかせ、口は裂けて牙が生えてきます。そして「食い足らぬ」「着足らぬ」と狂い回り、本心を失い、煩悶に煩悶を重ねて、ついにはその身を損ねてしまうのです。

鬼子母が狂い回った末に、その身を疲れ果て、大地に倒れて半死半生になっていたとは、まさにこのようなことを指しているのです。

安達ヶ原の謡曲にもこうあります。

世を渡る業こそ辛いことであれ、 浅ましや、人界に生を受けながら、 このような浮世に明かし暮らし、 身を苦しめる悲しさよ。 不思議や、主人の寝屋ことごとく荒れ果てたり。 人の死骸は数知らず、軒と等しく積み置きたり。 いかにもこれは噂に聞く安達ヶ原の黒塚にこもれる鬼の住家なり。


これは目の前にある現実のようなものです。恐ろしいことではありませんか。

はるばると安達ヶ原へ行かずとも 心のうちに鬼こもるなり


お釈迦さまも「この夢を覚ませ」と仰せられ、謡曲にも善に遷る教えが込められています。それを悟らず、「鬼とは鬼子母か黒塚か」とばかり合点していては、大いなる誤りです。

鬼子母が人なのか、人が鬼子母なのか。ここをよくよく合点して、鬼子母が悟りを開いて成仏したように、私たちもこれを悟り、以後は子を守護する神とならねばなりません。

これこそが、富豪となる第一の心得です。せっかく難儀して働いて生み出した金を、むざむざ食ってしまうような非道なことでは、富豪にはなれません。

火が火を燃す

マッチ一本をシュッと擦ると火が燃えます。ただ一本のマッチの火は、はかないもので、鼻息ひとつで消えてしまうこともあります。しかし、この火を薪に燃え移らせると、火は大きくなります。その大きくなった火は、私たちの手から出たものではありません。ただ一本のマッチの火が、火に火の勢力を加えて大きくなったのです。

また、竈の下を火吹き竹で吹いてみると、風が火になった例はありません。風は風、火は火です。火吹き竹から吹き出す風は、火に加勢して火の勢力を増すためのものです。こうして火が火の力を増してくると、風も火となり、火吹き竹の中からも、人の口からも、燃やした手の先からも火が出るようになります。

昨年の夏、大阪で稀有の大火がありました。天満橋の北詰から火が発し、北区の大半を焼き尽くし、西区の一部にまで及びました。その猛火は恐ろしい勢いで二日二夜、二十七時間余り燃え続け、延長二里にわたる二万戸近い家屋を焼き尽くしました。家財を失い、商売の資本を失った惨状は目も当てられぬものでした。皇室からは御手許金の御下賜があり、世間の人々も同情の涙を流し、義捐の金品を贈るという哀れな出来事でした。

これも火の祟りであり、猛火の勢力は消防夫でも防ぎ止めることができませんでした。軍隊までも繰り出されましたが、人の力は火の力に勝てませんでした。火の力がこれほど強大になったのは、火が火の力を増したからです。その火元は、空心町のメリヤス工場の二階にあった、ただ一つのランプの火でした。ランプの火はちっぽけなもので、消防組も軍隊も要らず、フッと吹けば消えるほどのものです。それでも、こんな猛烈な勢力となって二万戸を焼き尽くす舌となったのです。

火の勢力が増すと、吹いてくる風も火となり、戸も障子も柱も、軒も家も蔵も布団も鍋も釜も金も石も、悉く火となってしまいました。驚くべきことであり、火が火を燃す勢力は侮ることができません。

金の勢力も、金が金を作るようになると、同じようなものです。しかし、金の初めは、一本のマッチ、一個のランプのようなもので、一息で消えるものだということをよく理解し、金が金をこしらえるようにすることが肝要です。

金が金をこしらえるようにするには、僅かな金でも大切にして養い育てなければなりません。あたかも小児が這い出し、歩き出し、やがて立派な成人となって独立するように、金もまた育てられて金を生むようになります。預金や貸金には利子がつき、商工業の資本金には利益が宿り、次第に増えていきます。

今の勢力ある富豪も、金が金をこしらえるようになって初めて富豪となったのです。その元は、勤労によって得た少額の金。それを丹精して育てた結果です。役人として得る給料や、労働によって得る賃金は少額でも、いわば火種です。それが大きくなれば、金が金を生み、何年分もの給料や賃金を超える力となり、富豪となることも容易なのです。

一文銭の価値

一銭は一銭です。その上に何ら特別な価値があるわけではないと思われがちですが、真に一銭の価値を知らなければ、富豪になることはできません。

青砥藤綱が、暗夜に滑川を渡っているとき、水中に一銭を落としました。藤綱は五銭の松明を買って、その一銭を拾いました。一銭の金を拾うために五銭を費やしたというのは、一銭の価値を深く理解していたからであり、後の世に経済上の逸話として色も香もある話として伝えられています。

また、楚山の和尚が弟子に「私が生きている間に、世にも珍しい立派な寿塔を建立してくれ。この金で」と言って一文銭を差し出しました。弟子が「それでは…」とためらうと、和尚は不足ならばともう一文、さらに二文、三文と出したという名高い話があります。これは、楚山が寿塔を建ててもらいたかったのではなく、一文銭の価値を弟子に知らせたかったのです。

一文銭で見事な寿塔が建てられるでしょうか。真に一銭の価値を悟ったならば、それは容易いことです。一文銭の価値も、深く理解すれば大きなものです。しかしながら、人は一銭という小さな金を軽んじ、何でもないもののように思っています。千円、万円となると大金だといって大切にしますが、千円も万円も皆、一銭から成り立っているのです。

一銭の真の価値を知らぬ人は、千円や万円の価値も知らぬ人であり、それを持たせても決して保つことはできません。

枝葉が茂って何抱えにもなる大きなクスノキも、その元はただ小さな一個の種子です。その種子から双葉が生じ、やがて大樹となるのです。クスノキでも富豪でも同じことで、初めの小さな芽生えに価値があることを知らなければなりません。

芽生えの時期は、クスノキにとっても大切であり、小さい間は雨にも霜にも害されやすいものです。しかし、それが大きくなれば、もはやその害も害とはなりません。一銭の時期は双葉です。失われやすいのです。それをよく大切にし、価値あるものと知って培い育てれば、枝も葉も栄える富豪となるのです。

吉野川その水上を尋ぬれば 葎(むぐら)の雫 萩の下露


(吉野川の水源を尋ねれば、葎の雫や萩の下露である――大きなものも、小さな始まりがあるという意)

十銭と一万円の首引き

「僅かな金、僅かな金」と軽んじるのは、大きな誤りです。わずか十銭の金でも、一万円と首引きして負けないことがあります。

ある人が銀行で一万円の約束手形を割引してもらいました。支払期限が迫り、どうしても支払わなければなりません。期限を過ぎれば、後日の信用にも関わるからです。掛金や売掛金を集めて回り、大方は調いました。計算してみると、銭箱を叩いて九千九百九十九円九十銭。残念ながら、十銭足りません。

十銭は僅かなものだと思われがちですが、手形は一万円。十銭足りないために、弁済ができません。九千九百九十九円九十銭という金は、支払の用をなさず、通力を失った仙人のように立ち往生しているのです。十銭があれば、一万円となって通用します。生きるも死ぬも、十銭の力。生死与奪の権能は、この十銭にあるのです。だからこそ、十銭は僅かな金として侮ることはできません。これが「十銭と一万円の首引き」です。

僅かな金と大きな金との首引きについて、思い出す面白い話があります。

私の友人が、先年所用あって下関まで行こうと旅立ちました。途中、広島に逗留して飲んだり食べたりして、二三日を過ごした末、馬関へ向かおうと停車場へ駆けつけました。ちょうど発車間際で切符を切っているところ。大急ぎで乗車券を買おうとしましたが、あるはずの金がない。財布を振っても、残ったのはたった一円。下関までは一円八銭。正に八銭の不足です。

汽車賃を値切ることもできず、「無いか、無いか」と帯を解き、袂を探っている間に、一声高き汽笛は彼を待ちませんでした。これも、一円の大関が八銭の小相撲に投げられたようなものです。

彼は余儀なく徒歩主義を思い立ち、とぼとぼと出かけました。馬関へ行けばどうにかなると、先方の懐をあてにして、一夜二夜宿につくと、もう一円が失くなりました。無銭旅行もまた一興と、ずんずん進んでいくと、渡場にさしかかりました。川を渡るには船賃が必要です。

哀れにも彼は、二銭の船賃に困りました。わずかに残る五厘銅貨を出して、船頭の哀れみにすがりましたが、船頭は「旅人に船賃を値切る者はない」と冷笑しました。彼は涙のない船頭を痛罵しましたが、船頭も怒って船賃を請求して止みません。

余儀なく、彼は羽織を脱いで「釣銭をくれ」と要求しましたが、急場に困った船頭は羽織を奪って船を出しました。彼は止むなく羽織を見捨てたそうです。

これも「二銭と羽織の首引き」。実に馬鹿げた話のようですが、実話です。

一文銭の価値を忘れていると、こんな始末となって、道話の笑い種ともなるのです。

貯金は富豪となるための道

「それ天地は万物の逆旅にして、光陰は百代の過客なり」という言葉があります。すなわち、天地は万物を宿す旅館のようなものであり、月日は永久に行って帰らぬ旅人のようなものです。

赤子はオギャーオギャーと泣くばかりで、まだ知恵も発達していません。欲しい、憎いという心も大して起きませんが、いくら赤子でも人性を具えている以上、腹が減れば泣き出します。その赤子の霊性も、知識ある博士や学士の霊性も本質的には同じです。赤子も一月、二月、一年、二年と月日を重ねていけば、やがて同じところに至るのです。この過ぎゆく月日こそが、旅の宿なのです。

「坂は照る照る、鈴鹿は曇る、曇る鈴鹿が雨となる、どうどう、はいはい」と進んでいけば、お伊勢さまにも行き着くことができます。富豪になるにも、同じようにこの道中を経て行かねばなりません。富豪も初めから富豪だったわけではなく、赤裸の無一文から、次第に道中を通ってきたのです。だからこそ、今ここに富豪になる門出をしたならば、旅の草臥れも物憂しとせず、進み行くことが肝要なのです。

門出をして旅に出れば、裸では道中もできませんし、食べずには進めません。橋を渡れば橋銭を払い、船に乗れば船賃を払い、宿に泊まれば旅籠代を払い、お伊勢さまに参詣すればお賽銭を納めなければなりません。このように、旅には必ず支払いが伴います。支払いをしなければ、先へ進むことはできないのです。

それと同じく、富豪になる道中においての支払いは「貯金」です。
橋銭も船賃も車代も汽車賃も旅籠代もいりませんが、その代わりに「貯金」という支払いをしなければならないのです。汽車に乗って汽車賃を踏み倒したり、食い逃げをして警察署に縛られてしまえば、一生同じ貧乏な場所に居ついてしまうことになります。

だからこそ、富豪になる秘訣とは、他でもない「貯金」です。貯金を少しでも余分に、毎日毎日積み重ねていけば、自然と貯金の徳が積もり、金が金を拵え、遠く隔たっていた距離もなくなり、富豪の地位に達するのです。すなわち、希望であった富豪が事実となるのですから、貯金は富豪になるための道にほかなりません。

駕籠かきも乗手も同じ旅なれば 一足ずつに先は近づく


(駕籠をかく者も、駕籠に乗る者も、同じ旅をしているのだから、一歩ずつ進めば目的地は近づく――という意)

◆第二講 貯金と子孫◆

目の前の教師

世の中は、障子の引き手に宿る気配、峰に立つ松の姿、火打袋に響く鶯の声——その一瞬に、天地の誠が備わっていて、「アッ」と気づくところに、明らかな定理が悟られるものです。これは、決して難しいことではありません。

春が来れば花が咲き、秋が来れば虫が鳴く。雪の降る日は寒く、花の咲く日は心が浮き立つ。世間の事物は、そのまま私たちの目の前で、「こうせねばならぬ」「ああせねばならぬ」と教えてくれているのです。

音もなく香もなく常に天地は ありて書あり 書かざる経を繰り返しつつ


これは二宮尊徳翁の詠まれた言葉です。翁が生涯において成し遂げた数々の功績は、すべてこの天地自然の「書かざる経」を読み悟った精華にほかなりません。

つまり、私たちが日々為すべき事柄は、目の前の教師——すなわち自然——に教えられているのです。経済学、農学、工学といった難しい学問も、実は目の前の教師から教わったものであり、科学も実物実験を通してその真理を会得したものです。

尊徳翁が、二人の儒者に四書の講義をさせて聴いていたとき、「ふうん、聖人もそのようなことを言っているか」と言われたそうです。聖人の説いていることも、天地自然を会得したところに通じていると、うなずかれたのでしょう。

私たちが日々目にするもの、耳にするもの、手に触れるもの——そのすべてに「真」が込められていることを知らなければなりません。

貯金がいかに人生に必要なものであるかということも、日々見たり聞いたりしている事物が、言葉こそ発さずとも、働いて見せて、その意味を私たちに伝えてくれているのです。

勤労せねばなりません。倹約せねばなりません。その勤労も倹約も、何のためにしなければならないのか——その答えを、一切の事物が私たちに教えてくれているのです。

それなのに四六時中これに触れていながら、見て視ず、聞いて聴かざれば、目があっても視ることのできない盲目、耳があっても聴くことのできない聾者です。かえって目も耳もない草木に恥じなければならないのではないでしょうか。

何事も言うべきことはなかりけり 問わて答ふる松風の音


(何事も言うべきことはなかった。問わずとも答えてくれる松風の音よ——自然がすべてを教えてくれるという意)

カブの貯金稼ぎ

畑の中で、カブがまるで達磨大師の面壁九年のような姿勢で、黙して語らぬ大演説を試みています。

「遠きものは音にも聞け、近きものは寄って目にも見よ。俺は昼夜を問わず、勤労に勤労を重ねて、貯金稼ぎをしている。貯金とは子孫の繁栄を意味するものであり、貯金なくして生物の連続はあり得ない」——そう口では言わずとも、目の前で実行して見せているのです。

世の人々は、このカブの無言の説法が耳に入るでしょうか。声が聞こえるでしょうか。耳に聴こえずとも、目に見えるでしょうか。毎日毎日、切ったり煮たりして食べているカブが、まさか目に見えないはずはありません。

「声なきに聞き、形なきに見る」とは、声なき声を聞き、形なきものを見るということ。これは大切なことです。今、目の前にカブの実物を見て、その事実に疑いを持つ者はいないでしょう。

では、カブがどこで貯金の実行をしているかといえば、図に描かれたカブを見れば明らかです。

(イ)は私たちが食べる部分であり、これがカブの貯金袋です。彼の貯金はこの中に蓄えられています。

(ロ)はカブの根であり、彼の口です。これによって地中の栄養を吸収し、その稼ぎの結果が貯金袋に蓄積され、次第に富豪となるのです。

よく考えてみてください。カブは最初から大きな貯金袋を持っていたわけではありません。何もない裸の貧乏状態から、勤労に勤労を重ねて貯金をしたからこそ、富豪となったのです。

小さな一粒の種子が畑に蒔かれて発芽した当初、カブには貯金などありません。一、二寸成長しても、まだ貯金袋は見えません。だからこそ、カブは暗黒の土の中に根を差し入れ、盲目的に栄養を探って稼ぎます。そうして栄養を取り、身体を養い、その余剰が貯金となって袋に納まるのです。

こうして袋が次第に膨らみ、カブは立派な富豪となるのです。これは偶然ではありません。すべて彼の勤労の結果です。貯金ができたからこそ、価値あるカブとなったのです。

余分に貯金をしたカブほど良いカブであり、値も高く売れます。人々もこれを賞賛し、煮たり漬けたりして食べてくれます。

反対に、勤労が足りなければ袋は小さく、貯金の少ない貧乏カブとなります。売っても価値がなく、煮ても漬けても食べてもらえません。牛馬の餌になるか、路上に投げ捨てられて、通行人に踏みつけられることになります。用心せねばなりません。

人間もこれと同じです。勤労が足りず、貯金をしなければ、貧乏人となり果て、頭から人に踏みつけられるのです。

カブだけが貯金をして身の栄えを求めているわけではありません。大根も、人参も、ごぼうも、豆も、麦も、米も、すべて貯金を本能として務めています。

大根の貯金袋は長くて白く、人参は赤く、ごぼうは黒い——色や形に違いはあれど、すべての物が貯金をしているという事実が、私たちの目の前に現れているのです。

だからこそ、人はこの事実を目にする以上、貯金こそが生物の栄えであるということを知らねばなりません。

この事実の中に、声が聞こえます。声なき声を聞くことができれば、確かにカブの演説が耳に入るはずです。

私がこう説明したことは、事実であって作り話ではありません。カブが私の口を借りて語っているのです。私はただその通訳であり、蓄音機なのです。事実が語っていることを、私が代弁しているにすぎません。

この事実を疑わずに見れば、彼ら生物が本能として貯金を務めていることを知らねば、知識あり、思慮ある人間とは言えないでしょう。

こうして、非情なる生物が本能として貯金を実行していることは、彼ら自身の栄えとなり、誉れとなるだけでなく、さらにそれ以上の意味があることを知らねばなりません。

人間が貯金をして身の栄えを求め、誉れを得るのは当然ですが、貯金をすることには、なおそれ以上の深い真理が存在するのです。

その深き真理とは何か。それもまた、非情なるカブやその他の生物が、私たちの目の前にあって、静かに教えてくれているのです。

貯金の相続

春も弥生の末になると、畑のカブに黄色い花が咲き始めます。可憐なその花に蝶がひらひらと舞い、まるで金比羅参りのようです。卯月の末には花が実となり、種子を結びます。

ところが、花が咲き、実が生ると、あのカブの貯金は忽然と姿を消してしまいます。切ってみれば、中には堅い繊維や豆腐かすのようなものばかり。かつて「うまい」と言われた部分はすっかり失われ、煮ても漬けても食べられたものではありません。

一生懸命に稼いで蓄えた貯金が、忽然と消えてしまったとは、まことに不思議なことです。狐か狸の仕業かと思っても、歯形も爪痕も見当たりません。泥棒の所業かと思っても、警察に盗難届が出されたわけでもありません。

では、貯金はどこへ行ったのでしょうか

花が咲き、実となった種子を見れば、その所在が明らかになります。一つのカブから、何千何万という種子が生まれます。カブは親であり、種子はその子です。親が稼いで袋に蓄えていた貯金は、確かに幾十万という子に分配されているのです。

試しにカブの種子を割ってみれば、白い粉が見えます。これが貯金です。その中には小さな因子もあります。植物学でいう「胚」であり、芽となる部分です。白い粉は「胚乳」と呼ばれ、貯金にあたります。この二つが、極めて小さな種子の中に明確に存在しています。

一粒の種子を地に播けば、やがて青い芽が出ます。これは胚が発芽したもので、まだカブの赤子です。土に根を下ろし、自力で栄養を吸収することはできません。まさに「オギャーオギャー」と泣いている時代です。

だからこそ、親であるカブはこの時期を見越して、貯金を相続させているのです。発芽したばかりの赤子は、親の恵みがなければ育つことができません。親譲りの貯金を食べて養われ、葉が伸び、根が下り、やがて自力で栄養を吸収できるようになると、貯金は不要となり、カブは独立します。

この事実は米にも同じく見られます。一粒の米には胚と胚乳が含まれています。胚は因子であり、苗代で青い芽となります。胚乳は貯金であり、私たちが食べるでんぷんです。苗の赤子時代には、まだ自力で栄養を得られないため、親から譲られた貯金を食べて生きています。

白米を見れば、横腹にある一点の白い部分が胚であり、その他はすべて胚乳です。

豆類もまた貯金を持っています。エンドウ豆を水に浸しておくと膨張し、皮を破って芽が出ます。これは胚が出たもので、豆の中の胚の子葉に胚乳に似た養分が含まれており、それを食べて育ち、やがて根を下ろして独立します。

この養分は豆の中の白い粉であり、私たちにもよく認識できるものです。これが親から譲られた貯金です。

このように、カブ、米、豆などのすべての生物が、親の貯金を相続しています。その相続において、多い少ないと兄弟喧嘩をすることもなく、親から与えられたままに平和に受け取っているとは、まことにめでたいことです。

世の中には、親の遺産分けで争う者もいますが、これは大いに恥ずべきことです。

ともかく、失われたと思われたカブの貯金も、その所在は明らかになりました。狐狸が取ったのでもなく、泥棒が盗んだのでもありませんでした。

千枝百枝 繁れる松もその元は ただ双葉より生ひ初めにけり


(千の枝、百の枝に繁った松も、その元はただ双葉から生え始めたのだ――という意)

親から子、子から孫

芽を吹き出したばかりの赤子は、カブの親が残した貯金によって育ちます。そして、やがて自分自身で独立できるようになります。独立したカブは、親がそうしたように、昼も夜も休まず働いて貯金を始めます。

その貯金は、花が咲き、実がなるときに、また子へと分配されます。分配を受けたその子も、親と同じように働き、貯金をし、また子を産み、同じことを繰り返します。こうして「親から子、子から孫」と、貯金は子孫へと受け継がれ、貯金、貯金、貯金——それが彼らの生涯の仕事となっているのです。

繁栄に繁栄を重ねて、一つのカブから幾万粒もの種子が生まれます。その子たちもまた、一つずつ幾万粒の子を生み、億々兆々の無数の子孫へとつながっていきます。まさに、盛んな命の連鎖です。

特に米について計算してみると、その増加は無窮無限です。一粒の米を育てると、少なくとも十五本の稲となり、一本の稲には百粒の米が実ります。つまり、十五本の稲がそれぞれ百粒を産めば、一年で一粒の米が千五百粒の子を生むのです。

二年目には、その千五百粒がまたそれぞれ千五百粒を産み、二百二十五万粒となります。三年目には三十三億七千五百万粒、四年目には五兆六百二十五億粒、五年目には七兆五千九百三十七億五千万億粒となり、もはやその数は口にすることもできません。

この五年目の米を石数に換算すると、十五億千八百七十五万石にもなります。日本の平年の米の生産量が四千万石とすれば、三十八年分の収穫が、たった五年で得られる計算です。

さらに十年目ともなれば、その数は五十七澗六千六百五十兆三千九十億六千二百五十万億粒となり、石数にして一垓五千三百三十兆七千八百十二億五千万億石。もはや、三十三間堂の仏の数を数えるよりも難しいほどです。

このような莫大な数も、すべてはたった一粒の米から始まったのです。その一粒が貯金をしたおかげで、子孫が栄えたのです。貯金とは、なんと有難いものでしょう。

追善に伽羅を焚くより竈の下  煙絶やすな 煙絶やすな


(先祖の供養に高価な伽羅の香を焚くよりも、竈の下の煙を絶やさず、日々の勤労を続けよ——という意)

祖先の追善供養をするにも、伽羅や栴檀の香を焚いて、飲み食いして金を減らすことが供養ではありません。働き、稼ぎ、カブや米のように貯金に努め、親から子へ、子から孫へと伝えていくこと。
そうして億々兆々の繁栄を築くことこそが、真の供養であり、先祖の志を継ぐ道なのです。

わがもの顔

カブが子孫のために働き、稼ぎ、貯金をしているその成果を、人は「太くできた、旨そうだ」と、わがもの顔で引き抜き、切って、煮て、漬けて食べてしまいます。

もし、カブが貯金をせずに取られて食われたならば、それは人のための犠牲ではなく、いわゆる「殺生」となります。せっかく勤労して蓄えたものが、犠牲にもならず殺されたとすれば、カブに心があれば、きっと人を怨むでしょう。口があれば、きっと人を誹るでしょう。

声なきに聞き、その非を慎むことこそ、人間の道です。カブに恨まれず、誹られず、道を道として貴い犠牲に報いるものがなくてはなりません。

だからこそ、私たちはその恩に報いるために、常に貯金という行為を実行し、カブの怨みを買わぬよう努めるべきです。そして、カブの貯金が勤労の結果であることを忘れず、私たち自身もまた勤労を重んじなければなりません。そうしてこそ、私たちの子孫も繁栄し、永久の幸福を得るのです。

この理を悟らず、ただ取って食うという殺生を重ね、貯金をせずにいると、天罰が報いるのです。カブの切り取り強盗は、恐ろしい厳刑に処されることでしょう。

我が国の刑法を何百条繰り返してみても、カブの切り取り強盗を罰する条文はありません。ドイツ、フランス、イギリス、いずれの国の刑法にもないでしょう。だからといって安心してよいものではありません。人の知らぬ「天国の刑法」には、確かに第百六十三条に厳刑に処すべき成文があります。

その刑罰とは「貧乏」という恐ろしい体刑であり、この鞭によって、毎日毎日打ち懲らされるのです。なんと恐ろしいことでしょう。

人間はとかく、すべての物を「わがもの顔」に考えがちです。道を道ともせず、道を忘れて、自らの幸福を失ってしまうのです。

親譲りの財産は失いやすく、貰いものには自己の勤労が込められていません。楽々と得たものは、自然と失われやすいのです。

しかし、その財産は祖先や親の勤労によって得られたものです。勤労の籠らずして得られた財産など、世の中に一つもあるはずがありません。

だからこそ、譲り受けた財産にも、勤労の価値が込められていることを思わねばなりません。特に、自己の勤労なしに得た以上は、なおさら有難いものとして、これを守り、護るべきです。

決して「わがもの顔」にせず、その財産は親の体、祖先の体として尊敬しなければなりません。

それなのに、食ったり、飲んだり、使い果たすならば、親の体、祖先の体に傷をつけているのと同じこと。不孝、これより甚だしいものはありません。

孔子も「身体髪膚これを父母に享く、敢えて毀傷せざるは孝の始めなり」と仰せられています。
我が体さえ、わがものではありません。毀傷しては孝行の道が立ちません。

ましてや、父母や祖先の勤労によって得られた財産を「わがもの顔」に使い減らすなど、あってはならないことです。むしろ、これを益々殖やしていくのが務めです。

カブを「わがもの顔」に食って、人の務めを果たさぬのも同じこと。
どうして、そんなことで我が身が富豪となり、栄えることができましょうか。

貯金は人生の鎖

貯金は、私たちの人生にどれほど必要なものでしょうか。貯金がなければ、人生の連続を保つことはできません。まさに、貯金は人生を繋ぐ「鎖」なのです。

カブの営みを見れば、その事実は明らかです。もしカブに貯金がなかったならば、地に置かれた種子が芽を出しても、根が張れず、栄養を吸収する口もありません。せっかく芽吹いても、栄養がなければしなびて枯れてしまい、子孫の連続は絶たれてしまいます。つまり、カブの貯金こそが、子孫の命を繋ぐ鎖なのです。人間もまた、同じことが言えます。

カブは四、五日もすれば発育して地に根を下ろし、自力で栄養を吸収できるようになります。だからこそ、貯金は少量で済みます。しかし、人間の哺育期間は非常に長く、三日や四日で独立できるものではありません。十年、十数年は親の養育に頼らねばならず、二十年、二十五年と世話になる者も多く、生涯を通して親のすねをかじる者も少なくありません。

この長い年月の間、子を養育するには、食べさせ、着せ、教育を施さねばならず、カブのように単純なものではありません。だからこそ、思い切って多くの貯金をしておくことが当然なのです。

もしこの当然の貯金を怠れば、子孫を養うことも教育することもできず、結果として弱く、知恵のない人間が育ちます。そうした子孫が遺伝を重ねていけば、ついには浅草公園や千日前で見世物となるような一寸法師のような存在になり、家も国も断絶することは避けられません。

さらに、人生には予期せぬ出来事が起こります。病気、火事、洪水、地震など、さまざまな災厄が人生の連続を断ち切ろうとします。だからこそ、人はこれらの災厄に備えておかねばなりません。その備えの第一は、貯金です。

人は家族、町村、郡、県、国と集まり、互いに扶助しながら進んでいかねばなりません。その中で、実際に働く者は少数であり、働かずに扶助される者が多数を占めます。

私の村の調査によれば、人口は二千三百七十八人。そのうち、実際に働いている者は男女合わせてわずか九百四十七人。六割は扶助される人々で、働く人は四割にすぎません。

扶助される者が多い理由は、十三歳以下の少年が多く、六十歳以上の高齢者がいること。また、中年でも病気や障害を持つ者、あるいは全く働かない者がいるためです。

だからこそ、働く者は少数でありながら、多数の扶助される者の生活と教育を支えているのです。常に心がけて貯金をしなければ、家も町村も郡県も国も、長く続くことはできません。

この道理は、カブの子孫の連続という事実からも明らかです。貯金は、人生の連続を意味するものであり、まさに「人生連続の鎖」なのです。

親と子は次第送りと知るならば 次第送りに貯金をぞせよ


(親と子は次第次第に送られていくものと知るならば、次第送りに貯金をせよ——という意)

参考文献

[1] 『貯金道話』丁未出版社発行、明治四十三年五月十五日発行

【付記】
本研究は、科研費の助成金によって作成されました(JSPS科研費 22K00357)。
This work was supported by JSPS KAKENHI Grant Number 22K00357.

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