特集・社会派の私小説 小田実 『「アボジ」を踏む』

過去に様々なご縁から雑誌等で執筆させて頂いたものです。

 本作は、在日朝鮮人二世の妻との縁で、義父となったアボジの死に際して書かれた短編小説だ。小田は『何でも見てやろう』(河出書房新社、一九六一・二)で文壇デビュー。その後も自身の体験を題材に小説や随筆を書き、市民運動家として多くの評論も書いている。    

 「私は「運動」のなかで文学論議をしたことがない。あるいは、文学をもって政治を論じたことも、文学の主題にもっと政治を入れろと言ったこともない。/「生老病死」の運命を本質にもつ人間がかたちづくる人生、社会、世界は白黒の一筋縄では行きかねる。もっと曰く言いがたしに充満していて、その充満がまさに人生、社会、世界の面白さだ。その曰く言いがたしの面白さに対するのが「文学」――私の場合小説だ。」(『異者の眼』一九九七・八「新潮」)と小田は語る。

 この「曰く言いがたし」を念頭に『「アボジ」を踏む』(一九九六・十「新潮」)を読む時、まさにアボジの人生と死は、重層的な問題を含む一種の「曰く言いがたし」である。日本の朝鮮支配が始まった年に生まれ、十七歳で済州島から渡ってきた「在日朝鮮人」であり、家族の政治的帰属は「北」と「南」に分かれ、漁師や行商など辛い肉体労働もやった労働者、とアボジからは多くの社会的テーマが浮かぶ。そしてそれらの対象にぶつかった時、今までの小田は書き手の枠組みの下に捉えなおし、戦略的に物語化した。小田にはどこへ行って何を見ても、社会的政治的視点で周囲や自分を捉え直す癖がある。よって小田の作品は、どこか主張や思想が浮き立つという陥穽に陥っていた。が、本作は社会問題を内在させつつ、あくまでアボジの人生の出来事として語られる。作中アボジの声が「てんたん」と評されるように、アボジ自身は自らの境遇を恨むわけでもなく恬淡としている。アボジにあるのは、「私」の視線で捉え直されることも無言のうちに拒む、素朴な存在感だ。アボジの前に、東大卒のインテリ作家・運動家は見る者の視点を放棄し、自然とアボジの声そのものを写すこととなる。朝鮮語と日本語が入り乱れた「アボジ語」を話し、書き言葉も持たないアボジ。そのままにしておけば消えていく彼の言葉を掬いあげた本作は、アボジの一生を聞いたままに書き写した、いわば聞き書き小説なのだ。

 又、小田は「「アボジ」は「在日」朝鮮人という日本人にとっての「異者」だった。/「異者」はそれ自体が見る力を持ち、その力で自分を見る者を逆に「異者」として見返すことによって「異者」は「異者」としてある。」(『異者の眼』)と語る。小田はアボジに「異者」を感じていたようだ。しかし家族の親愛故か、作中のアボジからは「私」を見返す視線はあまり感じられない。唯一アボジからの視線を感じる箇所は、阪神・淡路大震災で被災した時だ。

 「わしは土方も荷役の人夫も闇市のかつぎ屋もやったし、警察の留置場にも入れられたけど、このくらしはひどい」/いつものようにてんたんと言ったそうだが、それだけにことばに迫力があった(略)。そのとき私がそこにいたら、「アボジ」は「オダ君、この国のやっとることはぼくはひどいと考えるんだョ」と、朝鮮人として日本から最後の最後に至るまで何んの恩恵を受けることもなかった過去の重みをかけて言ったかも知れない。

 愚痴一つ言わなかったアボジの言葉であり、作中初めて「私」が日本人として立ち上がる箇所である。この一点で、アボジの視線と「私」の視線はぶつかる。「オダ君~」以下はアボジの実声ではなく、「私」の想像だ。「私」はアボジの声を想像し、日本人としての自分を意識する。更に、アボジが「生ま」で済州島に帰ったものの「棄民」――住処をなくした被災者――としての帰郷となった時、アボジの墓を踏みながら聞く声は、「オダ君、そんなに強う踏むな。ぼくは痛いんだョ。ぼくはもうどこにも行かん。ぼくの長田の家はもうつぶれてないョ」だ。末期癌患者の老人が住家を失い、治療もまともに受けられず、結果的に朝鮮に帰国し、その五日後に死んだ事実は重い。同じ被災者として、また被災者に何一つしてやれない日本の日本人として、「私」はこの瞬間「異者」として立つ。アボジの声で、初めて「私」は「見られる=見る」異者として立ち、さらに書き手である「私」=小田自身が、それを引き受けた。

 小田は後に「大震災は私の「文学」をより本質的なものにしたように思います。(略)「文学の力」――それを私は今自分の文学によりたしかなものとして感じとることができる。その「文学の力」で私は今「棄民」「難死」の現実に対し、作品を書いている気がします。」と語った(「川端康成文学賞・受賞の言葉」一九九七・六「新潮」)。二九歳で作家デビューし、以降「文学」に「運動」に生きてきた小田。そんな彼が六三歳で本作を書き、「文学の力」を再認識する。それは、政治だけでは語れないアボジの人生と死という「曰く言いがたし」に、「私」で対したからこそ得た、現実社会へと還元していく文学の何かなのだろう。小田は未だに「文学の力」を信じている。これは皮肉ではない。人生の本質にやっと「私」でぶつかり、文学の出発点にあらためて立った作家・小田の、新鮮な感動なのだ。

【付記】
本研究は、科研費の助成金によって作成されました(JSPS科研費 22K00357)。
This work was supported by JSPS KAKENHI Grant Number 22K00357.

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