森盲天外『農業道徳』は、近代日本における農業思想の中でも、ひときわ独自の光を放つ名著である。
本書は、農業を単なる生産活動としてではなく、自然と人間が相互に徳を育て合う営み として捉え、その精神的基盤を深く掘り下げた希有の書である。盲天外は、牛馬・鳥虫・蚕といった小さな生命に宿る「徳」を見つめ、そこに人間が学ぶべき姿を読み取った。その眼差しは、自然を搾取の対象とするのではなく、共に働き、共に生きる存在として尊ぶ精神 に満ちている。
本現代語訳は、盲天外の思想をより多くの読者に届けるため、原文の格調と精神を損なうことなく、現代の言葉で丁寧に読み解いたものである。難解な文語体を読みやすくしつつ、盲天外が込めた倫理観・生命観・労働観を忠実に再現することを旨とした。
本書に描かれる思想は、「労働は徳である」「自然は師である」「小さな生命にも尊厳がある」「共同体は相互扶助によって成り立つ」「人間の不徳は必ず社会に影響する」といった普遍的な価値を含み、農業に携わる者のみならず、現代を生きるすべての人に深い示唆を与える。
盲天外の言葉は、今日においてもなお、静かに、しかし確かな力で私たちを導いてくれる。本資料が、盲天外の思想に触れ、その深奥を汲み取る一助となりましたならば、編者としてこれに勝る喜びはございません。
※本稿においては、原文の思想的・文学的価値を損なうことなく、そのままの言葉遣いを尊重しつつ意訳を試みております。なお、本文中には現代の価値観に照らして不適切と受け取られかねない表現が含まれておりますが、これらは当時の社会的・文化的背景に根ざしたものであり、差別や偏見を助長する意図によるものでは決してございません。本稿の目的は、歴史的文脈における思想の真意を汲み取り、時代を超えてその精神的・哲学的意義を伝えることにあります。
意訳:井上雅史 (一粒米の会 会員)
◆第四章 農業の道徳的価値◆
第一節 人生の恩籠と農業
水戸藩主・徳川斉昭(烈公)が、食事のたびに膳の上へ農人形を置き、農民の労に深く感謝したという逸話は、農業が単なる生産行為ではなく、社会全体を支える道徳的価値をもつことを象徴している。
烈公は、自らが日々の食料を得られるのは農家の勤労によるものであり、その恩恵によって自分の職責を果たせることを悟り、感謝を実践した。
こうした姿勢は、農業が衣食住の原料を供給し、他のすべての分業を成立させる基盤であるという事実を示し、農業の道徳的意義を理解するための重要な手がかりとなる。
農業は土地を利用して、衣食住の原料を供給するものである。
人はこれらの原料を得なければ、飢えや渇きが迫り、一日たりとも生きることはできない。
初めのうちは野生の原料によって需要を満たしていたが、採れば採るほど尽きてしまうだけでなく、人口の増加によって需要が増え、もはや野生の原料だけでは満足できなくなった。
そこで農業は、こうした自然の要求に促されて始まったのである。
農業も最初は自分の必要を満たすだけであったが、分業によって生産し、他人に供給するようになったのが、今日いう農業である。
農業は人間の生活を容易にするために、原料を供給するのである。
したがって農業がなければ、私たちの生活は成り立たない。
農業が食料を供給することは、人生において最も切実で、しかも広い範囲の需要を満たしている。
それだけでなく、木材や燃料を供給して住居を完全なものとし、綿花・羊毛・綿糸などを供給して衣類の原料を提供している。
工業もその材料を農業に頼るところが多い。
もし農業の供給がなければ、成立し得ない工業も多々ある。
商業もまた、商品を農業に頼るものが少なくない。
したがって、これら分業が成立するのも、農業そのものの発達の結果によるところが大きい。
まして一般の人々が衣食住の原料を得て、その結果として各自が自分の仕事を全うできるのであるから、人生における農業の恩恵は大きいと言わねばならない。
そうであれば、農業の道徳的価値が存在することは、多くを語るまでもない。
ゆえに、一椀の飯、一着の衣を手にするときでさえ、必ず農業の道徳的価値を認め、その恩恵に感謝しなければならない。
ここに、農業の道徳的価値を認めて感謝した一つの美談がある。
水戸藩主・徳川斉昭(烈公)は、民政に深く心を用い、その治績も少なくない人物である。
この烈公が作った「農人形」は有名で、世間に広く伝わっている。
烈公は銅で農人形を作り、食事の際にそれを膳の上に置き、食事のたびに必ず農家の恩を感謝したという。
また、次の歌を詠んでいる。
朝な夕な、飯食ふ毎に、忘れじな、
恵まぬ民に、恵まるる身は
烈公は、日々の食料を供給する農家に対して、その行為を徳として深く感謝したのである。
そして「恵まぬ民に、恵まるる身は」と詠んだのは、感謝するたびに自らを省みて、その徳に報いる行為へと進もうとした心の現れであることが明らかである。
烈公の人格はここによく表れている。
すべての人は互いに助け合い、利害を共通にすることによって生きている。
複雑な社会において、一人の力だけで生活上のすべての需要を満たすことは不可能である。
だから誰であっても、自分の職分を全うしようとするなら、常に他者の助けを受けていることを自覚しなければならない。
これを自覚して初めて、人生の恩恵に感謝することができる。
ここに社会の平和と幸福が生まれるのである。
烈公が民政に熱心で、農家に深く感謝したのは、烈公自身が日々の食料を作ることができず、それを農家の勤労に頼って供給されているだけでなく、それによって自分の職責を全うできることを悟り、深く感謝したからである。
この一話は、農業の道徳的価値を認めた事実を明らかにしている。
第二節 農作の祈願
新嘗祭は、天皇が新穀を天神地祇に供え、自らもこれを食して一年の実りを感謝する、わが国最古の祭祀の一つである。神代にまで遡るこの儀式は、五穀の成熟を単なる農作物の収穫としてではなく、天地の恵みとして受けとめ、国家と民の安泰を祈る宗教的行為として営まれてきた。
新穀を供え、祈り、感謝するという営みは、農業が国の基盤であることを示す文化的象徴であり、歴代天皇の御製に見られる農民への思いやりとともに、農業が道徳的価値を帯びた営みとして尊重されてきた歴史を物語っている。
毎年十一月の秋分のころ、宮中では新嘗祭の厳かな御祭典が行われる。
その年の新穀を皇祖皇宗にお供えし、五穀の豊かな実りを感謝し、また祈願されるのである。
このとき、天皇陛下も新米をお召し上がりになるという。
もともと新嘗の御式は古くから行われ、『日本書紀』にも天照大神が行われたと見えるので、神代以来の御儀式である。
のちに、天皇が即位された年の秋に一度だけ行われるものを「大嘗(だいじょう)」、毎年行われるものを「新嘗(にいなめ)」と申す。
わが皇室において、このように五穀の豊かな実りを祈り、感謝されるのは、農業が国民の喜びや悲しみに深く関わるからである。
この一点を見ても、農業が人生にどれほど重要な関係を持つかは明らかであり、自然と農業に道徳的価値が存在することを知ることができる。
五穀といえば植物である。
その植物が天皇の御手によって皇神に供えられ、祈願と感謝を受けるということは、その光栄の大きさを言わずにはいられない。
そして、この光栄ある地位を得る理由は、ただ五穀が人類の食料として栄養を与えるものであるからにほかならない。
五穀の豊穣を祈られるのは、国民の安泰を願われるからである。
今上陛下の御製に、朝な夕な、飯食ふ毎に、忘れじな、
恵まぬ民に、恵まるる身はとある。
これは、新嘗祭において豊作を祈られるだけではなく、晴れの日にも曇りの日にも、常に大御心を国民の上に注がれているということであり、その御聖徳のありがたさは、農業の道徳的価値を知るに十分であろう。
また、天智天皇の御製にも、秋田の、かり穂のいほの、苫をあらみ、
我が衣手は、露にぬれつつと詠まれている。
農家の勤労によって、汗の一粒一粒が秋の田の稲となって実った。
いま、それを収穫しようとする時期になると、野獣が農家の苦労を無視して稲を食べようとする。
そこで農家は狩小屋を作り、野獣を追い払っている。
このように農民は困難と苦労を重ねている。
しかし、その狩小屋は粗末な苫で覆われ、雨露も漏れ、実に哀れである。
天皇はこれをご覧になり、思わず涙が袖を濡らすほどに心を痛められたのである。
農民の苦労に対して、このようなありがたいお言葉があるのは、農作物が国家に及ぼす利害の関係が非常に大きいからである。
農業のために大御心を注がれる御聖徳に感謝し、私たち農民は奮闘努力によって皇恩に報いなければならない。
これが私たちの徳行である。
米や麦などの五穀は、すべて私たちの勤労の結果である。
一粒の米、一粒の麦の中にも、私たちの労働が宿っている。
天皇が五穀の豊穣を祈り、感謝されるということは、五穀の光栄であるだけでなく、私たち農民の光栄でもある。
第三節 自利利他の円満
農業は本来、自らの利益を追求しながらも、同時に他者の生活を支えるという「自利と利他の一致」を実現すべき営みである。良質な農産物を適正な価格で供給することは、人々の健康と生活を支え、社会全体の幸福に寄与する道徳的行為でもある。
耕作技術や肥料、農具の進歩によって生産性が高まり、都市近郊の園芸に見られるように、良品を安価に供給する仕組みが整うほど、農業は自利利他の理想に近づいていく。農業の進歩が人々の需要と嗜好に応じて発展し、社会の幸福を広げていくところに、農業が本来もつ道徳的価値が明らかになる。
徳というものはもともと一つであるから、自己の利益は他人の利益と一致し、円満な幸福を与えるものでなければならない。
農業が一つの職業として利益を自分に収めるのは当然である。
しかし、その自己の利益を得る中には、同時に他人を利するということがなければならない。
衣食住の原料として、良質な生産物を供給し、人々の生活を容易にして、自利と利他の円満をはかることが最も大切である。
つまり、良質な生産物をできるだけ安価に供給し、しかも自分が損をしないように努めていくことが、農業が進歩する道である。
良質な生産物でなければ、人の健康を保つことができない。
また工芸の原料としても、良い製品を得ることができないから、生産物が良質であることは最も重要である。
良質であると同時に、その価格をできるだけ安く供給することが、人々に大きな幸福を与えるのである。
私利私欲をはかって暴利をむさぼるようなことがあっては、人々に幸福を与えることはできない。
そのようでは農業の進歩とは言えない。
農業の知識が進歩すれば、耕作法が巧みになり、土地の利用が大きくなる。
肥料も理化学的な方面からその効果を高めるよう努められ、器具や機械の工夫も進んで、人の労力を減らすことができる。
その結果、良質な品を大量に、しかも安価に生産し、供給することができるようになる。
実際、都会の近くで野菜の栽培法が進歩している様子を見ると、その事実がよくわかる。
都会に近いところでは園芸が進歩しており、都会で売られる野菜は比較的良質であり、しかも安く供給されている。
農家で生産したものが市場に出て、それが市内の八百屋に渡り、八百屋から一般の消費者に分配されるように、分配の過程は二か所、三か所の手を経て、そのたびに利益が取られる。
だから農家の手を離れたときの価格は、消費者の手に入るときにはすでに倍以上になっている。
それならば価格は非常に高くなるはずであるのに、実際にはそうではなく、田舎に比べてもそれほど高くなく、しかも良品であるのはなぜか。
結局、農家の勤勉によって園芸が進歩しているからである。
良質な品を安価に供給し、農家もまた利益を得ているのである。
都会近くの農家は、野菜によって普通一段歩から二百円ないし三百円の収益を得ている。
そもそも都会近くの園芸作物がこれほど進歩したのには、特別な理由がある。
すなわち、①需要地が近いこと②需要が多いこと③肥料を得やすいこと④消費者の嗜好の程度が高いこと
などによる。
しかし、交通機関が発達した今日では、一般に利益は均等に近づきつつあるので、第一と第二の条件は地方でも今後その利便を共有できるようになるだろう。
第三の条件は化学肥料によって補うことができる。第四の条件も、生活水準が向上するにつれて自然と嗜好の程度も高まる。
しかし現在では、都会と地方を同一視することはできない。
都会では嗜好の程度が高いため、茄子でも胡瓜でも、若く柔らかいものを好む。
だから農家はこの嗜好に応じて作るため、多くの生産を得ることができ、価格も安く売ることができる。
しかし地方では大きな茄子や胡瓜を選んで採るため、大きく育てれば栄養を多く吸収し、生産量が少なくなるので、安く売ることができない。
農業の進歩も、消費者の嗜好の程度が大いに関係するのである。
野菜に限らず、すべての農産物がこのような事実を示すようにならなければ、農業は進歩したとは言えず、人々の幸福にもならない。
自利利他の円満は、道徳そのものの目的であり、私たちが到達しなければならない理想郷である。
第四節 道徳的価値の半面
農業が人々の生活を支える尊い営みである一方、その道徳的価値は、目に見える功績よりも、むしろ人知れず危険を防ぎ、他者に害を及ぼさないよう努める「陰徳」によって支えられている。
農産物の品質は人の健康や社会の安全に直結し、わずかな不注意が重大な害を生むことさえあるため、農家には表に現れない細心の配慮が求められる。光の裏に生じる影を慎み、害を未然に断つこの陰徳こそが、自利と利他の円満を実現し、農業の道徳的価値を真に輝かせる基盤となる。
農業の道徳的価値を認めるならば、その道徳的価値の「半面」をよく観察しなければならない。
そして農家は、この点に努めなければならない。
ここに努めるところにこそ、道徳の価値が存在するのである。
衣食住の原料として供給される農産物は、その良し悪しの結果が、人の健康に大きな関係をもたらす。
また工業製品の品質にも大きな影響を与える。
一つの生産物が多くの人の健康に影響し、工業の品質にも関係するのであれば、生産に最も注意しなければならない。
そうでなければ、農業そのものの道徳的価値を失わせ、悪徳を招くことになる。
光が当たる面には必ず影が生じるように、物事は価値の半面に暗い部分を生じやすい。
農業も道徳的価値を持つとはいえ、実際にはその半面に暗い部分を生じやすいのである。
米であっても、耕作や調製が不完全であるために粗悪な米ができる。
この粗末な米は保存に耐えず、挽けば目減りする。
そのため、人の労力や出費を多くさせるだけでなく、食物として十分な栄養を与えない。
また野菜類でも、悪い肥料が病気を伝えることがある。
実際、ある地方では十二指腸虫が盛んに広がっている。
その原因は農業にあった。
十二指腸虫の患者の糞尿を野菜の肥料として施したため、虫卵が野菜に付着し、その地方の人々の腸に寄生することになったのである。
また近ごろ恐ろしい結核などの病気も、野菜から伝わることがあると言われている。
だから農家は大いに注意して生産しなければならないのではないか。
もしこれらに注意しなければ、農業の道徳的価値は完全に失われてしまう。
健康を保つために食べるものが、かえって健康を損ない、あるいはその目的を十分に果たさないとすれば、農家の生産によって多くの人に危険を与えることになる。
これほどの不道徳はない。
これが道徳的価値の半面に生じる暗い影である。
このような悪い結果を生じさせないよう注意し、人々に危険を及ぼさないことが、農家の「陰徳」である。
そうでなければ、自利利他の円満という理想を実現することができず、農家自身の品性を損なうことになる。
みだりに道徳的価値を誇り、その半面に生じる危険を考えなければ、農業の道徳的価値を滅ぼすことになる。
慎むべきことである。
第五節 農業が道徳を支配する事実
姨捨山の名に刻まれた老人遺棄の伝承は、農業の豊凶が人々の生死と道徳をどれほど深く左右してきたかを物語る象徴的な出来事である。月の名所として知られるその山も、かつては凶作と飢えに追い詰められた社会が、老いた親を捨てざるを得なかった悲劇の舞台であった。
食料の不足が人の情を奪い、道徳を崩し、家族の絆さえ断ち切らせたこの歴史は、農業が単なる生産の問題ではなく、社会の善悪や人心の在り方を支配する力を持つことを示している。
姨捨山の悲劇を思うとき、農業の発達と安定がいかに人間社会の道徳と幸福を支える根本であるかが、改めて浮かび上がる。
信州の姨捨山といえば、月の名所として誰もがその名をよく知っている。
須磨・明石と並んで昔から世に謳われてきた。
この山に登れば、眼下には棚田の水に映る「田毎の月」が漂い、犀川・千曲川の流れは滾々と清く、秋の夜の光景は実に賞嘆に値する。
誰がこの景色を前にして、思わず我を忘れ、恍惚としないだろうか。
「詩人もその腸を断ち、俗客もその座を払う」にふさわしい美しさである。
美よ、美よ、私を包む自然の美は、私をさらって天空の高みにまで連れていくのではないかと思わせるほどである。
しかし、自然の美から離れて我に返り、ふと「姨捨」という名の由来をたどり、その昔を思えば、また心が沈まざるを得ないことがある。
では、なぜ「姨捨」という名があるのだろうか。
塙保己一の歌に、
日をふるも、さのみいとはじ、月に憂き、
銕捨山の、五月雨のころ
と詠まれているように、今は月の名所としての姨捨山は古い歴史が忘れられ、嫌うこともないが、この歴史を思い返せば、月影も五月雨のような悲しみを感じさせる。
山の麓には今も大きな岩がある。
昔、この岩のそばに六十歳以上の老人を生き埋めにしたという痛ましい歴史がある。
山の名の由来もこれによる。
信州は日本第一の高地で、雪深く寒さが厳しい。
しかも山国であるため、昔は交通の便も悪かった。
この地に住む人々は、生活の自然な要求から食物を求め、農業も営んでいたであろう。
しかし気候と交通の関係は生産を大きく制限し、時には凶作もあって、思うように収穫できないことが多かった。
一方で人口は次第に増え、需要はますます多くなるのに、生産はその需要を満たすことができなかった。
そこで哀れにも六十歳以上の老人をこの地に捨てることが行われたのである。
幼い者は未来の生産者だが、老人は食べるだけで生産しない。
これを生かしておけば、食料が不足するため、このような遺棄が行われたのである。
なんと悲惨な出来事であろうか。
老を助けるのは人道の美であり、まして子や孫にとって恩愛深い親や祖父母を、生きながら捨てるとは、明月も光を失って暗黒となったであろう。
これを「適者生存の自然法則」と言うなら言えなくもないが、自然ではない。
人為的に捨てたのである。
しかし当時の社会は、これを余儀なくさせたのである。
これもまた、農業が道徳を支配する力の大きさを示している。
誰がこの悲しい歴史を聞いて、姨捨山の明月をただ美しいと思えるだろうか。
一輪の月は、亡者の怨霊が空に浮かぶのではないかと思われ、輝く光は鈍く冷たく迫り、私を冥界へ連れ去ろうとするのではないか。
田毎に浮かぶ月影も、私を嘲るように見える。
犀川・千曲川の流れの音も、怨みを訴えているように聞こえる。
しかし社会の進歩は農業の発達を促し、今やこのような悲惨な歴史を消し去った。
姨捨山の自然美は月影清く輝き、太平の世を謳歌するものとなった。
これもまた皇室の恩沢、農業の進歩によるものであることを忘れてはならない。
日本の歴史にも、しばしば飢饉の悲惨な出来事が記されている。
飢饉は凶作の結果として起こる悲劇である。
凶作になれば食料が不足し、多くの同胞が餓死した。
歴史はほとんど十年に一度、この悲劇を繰り返している。
農家が人生にどれほど大きな波乱を生じさせるか、これでよくわかる。
この波に巻き込まれた人々は、飢えて食を争い、生きるために幼い者を犠牲にした例も少なくない。
ひどい場合には、人肉を食べるに至ったという。
ここまで来て、道徳がなお存在すると言えるだろうか。
また、今日のように有無相通じる便利な時代であっても、農作の結果が供給上の恐慌を招き、物価を高騰させ、生活難を生じれば、その影響はすぐに道徳に現れる。
たとえば堕胎や嬰児殺しなどの最も破倫な犯罪は、生活難の結果から生じることが多い。
その他の犯罪も、物価の高低に比例して増減することが統計に示されている。
世界各国の統計は、物価が上がり生活が苦しくなるたびに、犯罪者が増えることを示している。
数字が明らかに示すこの事実は、疑う余地がない。
これらはすべて、農業の豊凶が道徳を支配する事実を物語っている。
イギリスの統計学者マルサスは『人口論』を発表し、世界の人口増加率は将来供給を上回るに至ると論じた。
彼は統計上の人口増加率を基礎に将来の人口増加を仮定し、地球上のあらゆる土地を利用して生産しても、なお需要を満たす食料を供給できないという結論を出した。
彼の論は極端であり、増加率の基礎を誤った嫌いもある。
また人口増加に伴い、衛生や社会制度によって制限が加わるため、そのまま受け入れることはできない。
しかし、将来食料不足が起こるという結論を全くの杞憂とすることもできない。
人口の増加は事実である。
増加率が将来制限されるとしても、増加そのものは避けられない。
日本の人口増加率を見ると、次の通りである。
年次 人口 百人に付増加率
明治三十三年 44,815,980 1.25
明治三十四年 45,437,032 1.39
明治三十五年 46,022,476 1.29
明治三十六年 46,732,876 1.54
明治三十七年 47,215,637 1.03
明治三十八年 47,674,471 0.96
明治三十九年 48,160,841 1.01
明治四十年 48,815,694 1.36
明治四十一年 49,588,798 1.56
明治四十二年 50,295,279 1.43
平均 1.28
この数字によれば、過去十年間の平均は、毎年百人につき一人二分八厘の増加である。
仮にこの割合で将来も増加すれば、日本の人口は約六十年で倍になる。
九百年後には三万二千七百六十八倍という驚くべき増加となる。
これを日本の面積(台湾・朝鮮・樺太を含む)に配分すれば、一坪に約八人となる。
野も山も人で埋まり、川も湖も人で満ち、往来することすら困難になる。
もちろん、これは杞憂にすぎない。
人口が増えれば、衛生や社会制度によって制限が加わり、今日の率で増加し続けることはない。
しかし増加そのものは避けられない。
今後一世紀で人口が倍になることは疑いない。
したがって、農業が現在のまま、わずかな増加にとどまるなら、食料供給が不足し、国民の生存が危うくなる。
農家は今日から悟り、将来の人口に備えなければならない。
そうでなければ、農業は道徳を支配し、恐るべき惨事を引き起こすことになる。
過去に照らして、農業が道徳を支配する恐ろしさを知るなら、将来にも備えなければならない。
そうでなければ農業の道徳的価値を損ない、人生の幸福を全うできなくなる。
◆第五章 農業の出発点は道徳◆
第一節 植物の天職と慈善の要求
植物はこの世に生まれた瞬間から、それぞれ固有の天職と造化の使命を帯びている。
旧約聖書の寓話に描かれるように、オリーブやいちじく、ブドウが自らの務めを捨てて権勢を求めなかったのは、植物が本来、身を犠牲にして人間と世界に奉仕する存在であることを象徴している。手足を持たず、自ら適地を選ぶこともできない植物は、その天職を果たすために人間の助けを求めており、耕し、移植し、水や肥料を与えることは、彼らの使命を全うさせるための人間の責務である。
植物の要求に応じ、その不具を補い、天職を支えることこそ、人間自身の使命を果たし、人生の理想を実現する道である。
植物もこの世に生まれ出たからには、造化の使命を帯びている。
彼らの天職とは、この使命を果たすことにある。
では、彼らはどのような天職を持ち、どのような使命を帯びているのだろうか。
旧約聖書の『士師記』の中に、次のような興味深い物語がある。
昔、樹木や草花が集まって、植物界の皇帝を決めようと相談し、まずオリーブの木のもとへ行き、「私たちを治めてください」と頼んだ。
するとオリーブの木は答えた。「私の油は神と人を尊くする務めを持っている。この務めを捨てて、どうしてあなたがたの治者になれようか」と。
次にいちじくに求めた。
いちじくは答えた。「私の芳香と甘い実を捨てて、どうしてあなたがたを統べられようか」と。
次はブドウの番であった。
ブドウは答えた。「神と人を喜ばせるブドウの実を捨てて、どうしてあなたがたの求めに応じられようか」と。
最後にイチゴの番となった。
イチゴはすべての樹木・草花を前に控えさせて言った。
「もし本当に私を皇帝にしたいと望むなら、私の陰に来て、その誠実を誓いなさい。そうでなければ、私は火となってレバノンの森を灰にしてしまう」と。
この物語は、植物の天職をよく表しているのではないか。
オリーブ、いちじく、ブドウが、それぞれ自分の天職を捨てて皇帝になろうとしなかったというのは、まさに天職を語っている。
彼らは神と人を尊くするために、自らの身を裂かれ、食べられることを望み、決して皇帝になろうとしなかった。
これは造化の使命を徳としているのである。
最後のイチゴは、この願望が天職に背く虚偽の欲望であることを見抜き、「本当に私を皇帝にしたいなら、私の陰に来て誓え」と言った。
イチゴは低い木で、しかも棘が多い。
どうして多くの草木がその陰に来て座ることができようか。
不可能である。
その不可能を知って、イチゴは彼らの願望が虚偽であることを打ち破ったのである。
このような虚偽を求め、天職を忘れる者は、火で焼き払うと痛烈に戒めたのであり、実に爽快な話である。
そもそも植物の天職は、必ず定まったものがある。
彼らは皆この天職を尽くし、造化の使命を全うしようとしている。
見よ、私たちが耕作して得た生産物は、すべてその身を犠牲として人生に貢献しているではないか。
私たちの生活は、これらの犠牲の賜物に依っている。
彼らが犠牲となることを甘んじて受けるのが天職であり、造化の使命である。
だからこそ、これを等閑にしてはならない。
すでに彼らは天職と使命を果たそうとしてこの世に生まれている。
そしてまた、創造以来、それを果たすために、私たちに向かって常に要求していることがある。
彼らは何を要求しているのだろうか。
植物には手も足もなく、知識もない。
人間に比べれば不具者である。
だからこそ、私たちに向かって慈善を求めているのではないか。
植物は野生のままでは子孫を繁栄させ、多くの生産をもって人間の需要を満たすことができない。
それでは天職を果たせない。
しかし足のない彼らは、適した場所に移ることができない。
野生のまま一か所に長くいれば、肥料が不足し、多くの生産をもたらすことができない。
鳥の糞によって運ばれることがあっても、鳥は適所を選んでくれない。
木陰の温度のない場所や、石の上、雑草の中に落とされれば、十分に成長できない。
渇いても水のある場所へ行けず、飢えても肥料のある場所へ行けない。
なんと哀れな、手も足もない不具者であることか。
人口が増え、需要が増しても、野生のままではどうして供給を増やす使命を果たせようか。
ここにおいて、彼らは私たちに要求しているのである。
そうだ。
手も足もない不具の植物は、私たちの目の前で愛を求めて叫んでいる。
だからこそ、私たちは一挙手一投足の労を惜しまず、彼らに温かい愛を注がなければならない。
田畑を耕し、適した場所に移し、育て、水を与え、肥料を与え、彼らの足りないところを補わなければならない。
そして彼らの天職と使命を全うさせてやらなければならない。
そうしなければ、彼らはあのイチゴの言葉をもって私たちに答えるだろう。
人生の野に火を放ち、焼き尽くすという痛烈な警告が、私たちの頭上に落ちてくるだろう。
私たちが彼らの要求を満たさなければ、私たちはたちまち需要を欠き、レバノンの森のように灰燼となるかもしれない。
人間には知識があり、手足があり、万物に超越した存在である。
造化がこのような人類を造ったのは、必ず大きな使命を与えるためであろう。
ここに一つの大きな使命がある。
私たちの責任は、この使命を果たすことにある。
人生の理想を円満に実現することが、私たちの帯びる使命である。
だから植物の要求に従ってこれを助け、その天職を全うさせることが、また人生の理想を実現することになる。
植物がすでに天職を守っているのに、人間が天職を守らずにどうするのか。
植物の慈善的要求に耳を傾け、それを満たすべきである。
とくに造化の天職に従って、農作物はますます不具の度を加えている。
人為的に耕作される彼らは、密生したり、軟弱になったりし、それゆえに一層の補助を必要とする。
また私たちが衣食住の原料として適当なものを得ようとするなら、進化の法則を巧みに用いて、植物をある意味で「不具者」にしなければならない。
果実を大きく作り、植物自身では支えられないほどにすることもある。
だから農作物が進化すればするほど、ますます不具となり、私たちに対する愛の要求も大きくなるのである。
第二節 農業は慈善行為
植物は自らの天職を果たすために人間の助けを必要とし、その「愛の要求」に応えることは人間に備わった慈善の心を発揮する行為である。手足を持たず、自力では天職を全うできない植物を耕し、育て、守ることは、彼らの使命を助けると同時に、私たち自身の生活を支えることにもつながる。
ゆえに農業とは、不具の植物を補い、その天職を実現させる継続的な慈善行為であり、種まきから草取り、施肥、害虫防除に至るまで、そのすべてが徳を育てる営みとなる。農業に従事する者が愛の心をもって働くとき、耕す土地は「徳の田」となり、勤労そのものが人格を磨く修養となるのである。
私たちに向けて植物が発している「愛の要求」は、必ず満たしてやらなければならない。
血も涙もある人間が、目の前で助けを求めている不具の存在を見捨ててよいはずがない。
もし水に溺れている老人や、火に焼かれようとしている子どもがいたら、誰がそれを見過ごすだろうか。
必ず駆け寄って、彼らを災難から救おうとするはずである。
盲人や足の不自由な人、病人に対しても、私たちは温かい同情を注ぐだろう。
結局、血と涙を持つ人間の性質とは、本来そうあるべきものなのだ。
それは人と人の間だけに限らず、あらゆるものに対しても同じでなければならない。
広く愛を及ぼすことは、人間としての務めであり、人の価値を輝かせる光である。
もし人が、冬の枯れ木のように冷たく、三冬のあいだ暖かさを持たないようであれば、人としての価値を失ったと言わざるを得ない。
だから植物の要求に対しても、私たちは労を惜しまず、不具の彼らを助けなければならない。
彼らもまた、自らの身を捧げて人生の犠牲となり、私たちの衣食住を満たしてくれているのだから、どうして助けずにいられようか。
彼らを助けることは、結局は私たち人間自身を助けることになる。
そうしてこそ、人生は円満になるのである。
そもそも植物が私たちに助けを求めるのは、手も足もなく、自分の天職を自力では果たせないからである。
だからこそ私たちに助けを求めているのであり、私たちの行為はまさに「慈善」と呼ぶべきものである。
農業とは、不具の農作物を助け、その天職を果たさせることにほかならない。
ゆえに農業は慈善行為であるという結論に至るのである。
そうであれば、農業とは始終、慈善の心を持って続けられる営みである。
種をまくことも、草を抜くことも、肥料を施すことも、害虫を除くことも、すべてが慈善の行為である。
一日中行うことのすべてが、慈善でないものは一つとしてない。
もしそうであるなら、農業は片時も道徳から離れることがなく、日々の勤労の中で心は深く磨かれ、徳の実りを得ることができるだろう。
農業に従事する私たちが愛の心をもって働くなら、鋤や鍬を動かすその場所が、そのまま私たち自身の修養となり、人格をつくることができる。
要するに、慈善行為を続けることによって、耕す土地はそのまま「徳の田」となり、必ず徳の実りを生み出すことは疑いない。
なんといっても農業は慈善行為である。
血と涙を持つ私たち人間が、その天賦の性質を発揮する機会を与えられているのだ。
実に、農業ほど幸福な営みはないのではないか。
第三節 農業と教育者
農業者の営みは、作物の自然性を引き出し、その成長を助けるという点で、教育者の仕事と深く通じている。教育者が児童の天賦の能力を伸ばし、自立へ導くように、農業者もまた、目も口も耳も持たない作物という「不具の存在」に寄り添い、その本質が円満に発達するよう手を尽くす。
とりわけ盲唖教育者が深い同情と愛情をもって困難な教育にあたる姿は、農業者が日々、寒暑をいとわず作物を育てる姿と重なり、農業が本質的に道徳的価値を帯びた行為であることを示している。ゆえに農業と教育の間に尊卑の差はなく、農業者もまた「徳の田」を耕しながら人格を磨き、尊い地位を得ることができるのである。
農業に従事する私たちは、教育者と同じ地位を持つところがある。
教育者は児童を指導し、訓育して、独立した人間に育てようと努める。
だから児童の性質や境遇に応じて指導しなければならない。
その指導の方法にはさまざまな工夫があるだろうが、要するに児童が本来持っている天賦の能力を引き出すにすぎない。
たとえ教育が万能であっても、児童の天賦の本質そのものを作り出すことはできず、ただそれを進歩・発達させるよう助けるだけである。
そして自立できるようにすることが目的である。
農業もこれと同じである。
農作物を耕し、育てるといっても、それはそれぞれの自然性を円満に発達させるよう助けるにすぎない。
米は米になり、麦は麦になる。
一粒の米、一粒の麦の本質を私たちが作ることはできない。
だから私たちが日々行っていることは、教育者の仕事と同じところがあるのではないか。
特に盲唖(視覚・聴覚・言語に障害のある人)の教育者の地位は、私たち農業者の地位とまさに一致しているように思われる。
盲唖は目で物を見ることができず、口で言うことができず、耳で聞くことができない。
このような不具者を教育し、その自然性を発達させ、独立した人にすることが盲唖教育者の任務である。
農作物もまた、目がなく、口がなく、耳がなく、見ることも言うことも聞くこともできない、哀れな不具者である。
私たちはこの不具者に対して、その自然性を進歩・発達させ、完全にするよう努めるのである。
そうであれば、盲唖教育者の地位と私たち農業者の地位は、まさに一致していると言えるのではないか。
そうだ、私たちは日々、盲唖教育を実行している立場にあるのである。
盲唖教育は、常に血があり涙がある人の愛の手によって行われる。
世間の人々もこれを慈善的行為と認め、その教育者が持つ道徳的地位を価値あるものとしている。
確かにこれらの教育者は、普通の教育者よりもはるかに困難を感じるが、その温かい同情心は困難を乗り越えて行われており、道徳上きわめて価値あることである。
私たち農業者もまた、その地位を同じくして盲唖教育に従事しているのである。
だからこそ、教育者と同じように、血があり涙がある熱烈な同情をもって、作物という不具者に愛の手を差し伸べなければならない。
労働をいとわず、寒さ暑さを厭わず、耕作に努めなければならない。
これに努めてこそ、教育者と同じように、道徳上価値ある地位を占めることができる。
若い人々の中には、教育者と農業者の地位は大きく隔たっていると誤解し、農業を捨てて教育者になろうと願う者も少なくない。
しかし、仕事の卑しさや尊さは、それに従事する人の品性の違いにあるのであって、農業と教育の間に尊卑の差があるわけではない。
まして農業者は教育者とほとんど同じ地位を持つのである。
だから私たちは常に「徳の田」を育てることに努め、鍬や鋤を動かす中で人格を磨けば、自ずと尊い地位を得るのである。農業に従事する私たちは、教育者と同じ地位を持つところがある。
教育者は児童を指導し、訓育して、独立した人間に育てようと努める。
だから児童の性質や境遇に応じて指導しなければならない。
その指導の方法にはさまざまな工夫があるだろうが、要するに児童が本来持っている天賦の能力を引き出すにすぎない。
たとえ教育が万能であっても、児童の天賦の本質そのものを作り出すことはできず、ただそれを進歩・発達させるよう助けるだけである。
そして自立できるようにすることが目的である。
農業もこれと同じである。
農作物を耕し、育てるといっても、それはそれぞれの自然性を円満に発達させるよう助けるにすぎない。
米は米になり、麦は麦になる。
一粒の米、一粒の麦の本質を私たちが作ることはできない。
だから私たちが日々行っていることは、教育者の仕事と同じところがあるのではないか。
特に盲唖(視覚・聴覚・言語に障害のある人)の教育者の地位は、私たち農業者の地位とまさに一致しているように思われる。
盲唖は目で物を見ることができず、口で言うことができず、耳で聞くことができない。
このような不具者を教育し、その自然性を発達させ、独立した人にすることが盲唖教育者の任務である。
農作物もまた、目がなく、口がなく、耳がなく、見ることも言うことも聞くこともできない、哀れな不具者である。
私たちはこの不具者に対して、その自然性を進歩・発達させ、完全にするよう努めるのである。
そうであれば、盲唖教育者の地位と私たち農業者の地位は、まさに一致していると言えるのではないか。
そうだ、私たちは日々、盲唖教育を実行している立場にあるのである。
盲唖教育は、常に血があり涙がある人の愛の手によって行われる。
世間の人々もこれを慈善的行為と認め、その教育者が持つ道徳的地位を価値あるものとしている。
確かにこれらの教育者は、普通の教育者よりもはるかに困難を感じるが、その温かい同情心は困難を乗り越えて行われており、道徳上きわめて価値あることである。
私たち農業者もまた、その地位を同じくして盲唖教育に従事しているのである。
だからこそ、教育者と同じように、血があり涙がある熱烈な同情をもって、作物という不具者に愛の手を差し伸べなければならない。
労働をいとわず、寒さ暑さを厭わず、耕作に努めなければならない。
これに努めてこそ、教育者と同じように、道徳上価値ある地位を占めることができる。
若い人々の中には、教育者と農業者の地位は大きく隔たっていると誤解し、農業を捨てて教育者になろうと願う者も少なくない。
しかし、仕事の卑しさや尊さは、それに従事する人の品性の違いにあるのであって、農業と教育の間に尊卑の差があるわけではない。
まして農業者は教育者とほとんど同じ地位を持つのである。
だから私たちは常に「徳の田」を育てることに努め、鍬や鋤を動かす中で人格を磨けば、自ずと尊い地位を得るのである。
第四節 二個の結論
農業の起源を探ると、社会の発展と耕作の実際という二つの側面から、いずれも同じ結論に行き着く。人間が生存するために不可欠な衣食住の原料を供給するという根本的な要求に応じて農業は最初に成立し、人々の生活を救う役割を担ってきた点から見れば、農業の出発点は道徳にあると言える。
また、農作物は自ら動くことのできない存在であり、農家がその成長を助け、天職を全うさせる行為は慈善そのものである。耕作という営みが愛と保護の実践である以上、ここからも農業の出発点が道徳にあることが明らかとなる。この二つの視点は一致して、農業が本質的に道徳的基盤をもつ営みであることを示している。
農業の出発点はどこにあるのかという問題は、これまで述べてきたところから二つの結論を生じる。
したがって、この二つをもってその答えとすることができる。
では、その二つの結論とは何か。
未開時代には天然の供給に満足していたが、社会が進むにつれて耕作が行われるようになり、ここに衣食住の原料を供給することが始まったのではないか。
衣食住の原料の供給は、人生において最も切実な要求である。
これがなければ、私たちは生きることができない。
だからこそ農業は、この要求に促されて、すべての分業よりも先に現れたのである。
すでに述べたように、農業は人間が日常欠かすことのできない衣食住の原料を供給するために生まれたものであるとすれば、それは人類の生存を全うさせるためである。
そうであれば、農業は人生救済の目的を持つと言っても差し支えない。
これによって、農業の出発点は道徳にあるという結論が生じる。
また、農作物そのものに対する私たちの行為から見れば、それは慈善の行為である。
農作物は、自ら歩いて水を飲みに行くことも、食物を求めることもできない不具者である。
だから適した場所に種をまき、育て、自由のない彼らを保護し、その天職を全うさせているのは、私たち農家ではないか。
耕作は私たちの愛によって行われ、灌水も施肥も、彼らに対する同情の涙であり、血である。
そうであれば、農作物の栽培はすべて愛の実行であり、慈善的である。
農業は本来、耕作の方法から始まるが、その耕作法がすでに愛の実行であるとすれば、鍬を持ち、鋤を動かすこともすべて愛の実行である。
したがって、農業の出発点は道徳にあるという結論が生じる。
前者は社会から見た農業であり、後者は耕作から見た農業である。
この二つはいずれも同じ結論に達し、農業の出発点が道徳であることを証明している。農業の出発点はどこにあるのかという問題は、これまで述べてきたところから二つの結論を生じる。
したがって、この二つをもってその答えとすることができる。
では、その二つの結論とは何か。
未開時代には天然の供給に満足していたが、社会が進むにつれて耕作が行われるようになり、ここに衣食住の原料を供給することが始まったのではないか。
衣食住の原料の供給は、人生において最も切実な要求である。
これがなければ、私たちは生きることができない。
だからこそ農業は、この要求に促されて、すべての分業よりも先に現れたのである。
すでに述べたように、農業は人間が日常欠かすことのできない衣食住の原料を供給するために生まれたものであるとすれば、それは人類の生存を全うさせるためである。
そうであれば、農業は人生救済の目的を持つと言っても差し支えない。
これによって、農業の出発点は道徳にあるという結論が生じる。
また、農作物そのものに対する私たちの行為から見れば、それは慈善の行為である。
農作物は、自ら歩いて水を飲みに行くことも、食物を求めることもできない不具者である。
だから適した場所に種をまき、育て、自由のない彼らを保護し、その天職を全うさせているのは、私たち農家ではないか。
耕作は私たちの愛によって行われ、灌水も施肥も、彼らに対する同情の涙であり、血である。
そうであれば、農作物の栽培はすべて愛の実行であり、慈善的である。
農業は本来、耕作の方法から始まるが、その耕作法がすでに愛の実行であるとすれば、鍬を持ち、鋤を動かすこともすべて愛の実行である。
したがって、農業の出発点は道徳にあるという結論が生じる。
前者は社会から見た農業であり、後者は耕作から見た農業である。
この二つはいずれも同じ結論に達し、農業の出発点が道徳であることを証明している。
参考文献
[1] 『農業道徳』丁未出版社発行、明治14年11月5日発行。


