森盲天外「優填王経」②(新出資料)

沼田真里

New Manuscript; Mori Moutengai”Utenoukyo “Ⅱ

Mari NUMATA

Mori Moutengai (real name: Mori Thunetaro, 1864-1934) was a local politician in Ehime Prefecture who,
despite being blind, achieved many accomplishments. During his time as mayor of Yodo Village, he developed
the village into the number one model village in Japan. This article is a transcription of a recently discovered
unpublished manuscript. The content is based on the “Utenoukyo” (Utenou-kyo Sutra) from the Tripitaka,
and is presumed to be an adaptation.

目次

はじめに

 森盲天外「優填王経」は、松山市余土公民館に保管されていた未発表原稿のうちの一編である。森恒太郎(盲天外)は伊予松山の出身で、明治~昭和まで活躍した地方政治家であり俳人である。彼は三十代で失明した中途視覚障害者でありながら、政治面・文化面で多くの功績を残した。ただ地元愛媛では著名であるものの、まだ全国的には知名度の低い人物であり、学術的な評価においても分野が限定されている。


今回の一連の新出資料により、彼の功績や活動の意義をより多くの人に周知し、森盲天外の再評価の一助となることを願
っている。余土公民館の郷土資料目録に掲載された盲天外の草稿のなかでも、今回取り上げる未発表原稿は「明治四十一年八月」と記載があり執筆時期が判明している。翻刻により9,400 文字という比較的長文であることも判明した。本稿では、前回
の拙論「森盲天外『優填王経』新出資料①)」(1)の続きである後半部分を紹介する。

「優填王経」本文

◆翻刻するにあたり、歴史的仮名遣いはそのままとし、旧字体は新字体に直した。口述筆記者による崩し字やカタカナによる当て字、誤字などは、意味内容として適当と考えられる表記へとあらためた。原稿の保存状態により解読不可能な箇所や欠字に関しては、□とした。また長文が続く箇所では、内容をふまえながら適宜改行した。赤字で削除の指示がある箇所は、〔 〕で残すこととした。

明治四十一年八月
優填王経:森盲天外稿
優填王:森 盲天外

第四 寵愛過ぎて乱を生ず

 摩回提は仏の痛罵に逢ふて、未だ悟らない。望まぬものに与ふるよりは、望むものに与へよう。優填王は無比を求むる情が熱して居る。苟も国王だ。夫れが娘無比の婿だ。我れも位高く持囃されて、権門にどの様な光彩が放たるゝかも分らぬ。速に優填王の求めに応じ様と、此の由を王に言上した。

王は之を聞いて嬉びに溢れ早速無比を宮中に迎へたのであった。一度択ばれて王の傍に侍った無比は、一たび笑へば百の媚を呈して六宮の粉黛顔色ないと云ふの有様であった。摩回提も大夫に任ぜられて、無比一人の寵愛は家門の栄華を彩った事である。

月を見ては長き夜を厭はず、花を見ては遅き日を倦まず、王の熱したる寵愛は無比の一身に集った事である。新に一宮を建築して金銀珠玉を鏤ばめ、其華美と云ったら至らざるなしであった。無比をして此所に住はしめた。伎楽千人之に供へて、一日を倦まさず厭はさずと、其歓心を得る事に努めた。王の眼中には唯無比ある計りで、夏の暑さに涼風を得ては之を無比に分たんことを思ひ、冬の寒さに暖を得ては、之を無比に分たんことを思ひ、見るもの、聞くもの又無比ならぬはないと云ふの有様であったから、王は無比の云ふ事といったら悉く之を入れたのであった。無比と云ふ一つの炎熱に、王は熔かされて居るのかと思はれた。寵愛其度に過ぐると、無比は次第に我侭横着が増長して来る。夫れは彼がしたのでない。王の寵愛が之をさしたのであった。

優填王は立派な正位の皇后があった。其皇后は常に道心を持って居て、早く既に仏弟子となって居た人である。邪心邪欲は少しも無く威儀端正で人よりも常に其徳を仰かれて居る。無比は此の皇后が己れの寵愛を専らにするに妨あると感じた。そこで時に触れ事に臨んで、皇后を悪し様に王に告げた。皇后と自分は並立つ事が出来ぬ。皇后あらば無比は此所を去らんと迄王に迫ったので、無比の意に叶はぬ事であるなら王は之を廃するに躊躇せない。其正位を奪ひ皇后を追はんとしたが、其位より廃する事のみにては、無比の満足が出来ぬので王は遂に決心したのであった。皇后を弑さんと決心したのであった。王は弓箭の術に長けたるものを召して、皇后を射るべく命じたのである。即ち皇后の宮に到り箭を束ねて之を射させた。皇后は其事を知って少しも弓箭を恐れない。一念仏を念じて生死の苦を思はず、彼の弓士が放てる箭も此の強き信仰に立つべきでない。不思議にも其箭は皇后の後を繞りて帰り来り王の前に落ちた。二箭三箭五箭と遂に百箭を放ったが、皆悉く此の様に帰り来って、王の前に落ちた。狙撃せられた皇后は、却って安全に狙撃させた王の危きを見た。此の不思議に王は非常に驚き非常に恐れた。

さては何故に此の様に不思議な事のあるであらうかと疑ひ解けざれば、皇后は、妾は此の箭を逃れ安きを得るのは全く仏心を生じて一念之を信仰すればである。実に尊きは仏の加護力であると、合掌して切りに仏を念誦したので、王は愈々恐れて其身慄ひ戦き、殆んど顔色を失って、人事さへない様であった。

第五 王の懺悔

 優塡王は儀式壮厳を整へ、車を白像に引かせ疾駆して王宮を出で、仏所に到らんとした。
に王は其心に畏懼すると共に仏を信仰することが厚かったので、此の罪多き汚れたる身が清浄なる仏所に到ることを何となく憚ったので、途中俄に心着きたるものと見え、車を捨て徒歩して遂に仏所に行いたのであった。恐る〳〵仏の御前へ出でゝ稽首礼拝し私は婦人の悪徳を思はず、愛情に溺れ、婬網に縛せられて悟らなかった。婦人の奸言を信じて、仏弟子たるをも知らずして皇后を射殺さんとした。其罪の如き如何に悔ゆるも之を償ふ事が出来ぬ。私は此所に来って已往の諸の罪を懺悔します。仏は慈愛の心を垂れ給ふて、深き罪よ
り私を救ふて下さい。と願ふた。仏は之を聞いて善し善し、優填王、汝は既に此所に来って此の言を為し、己れの罪を知って之を改めやうと言ふは、之れ明人の行である。夫れ故、我は王の此所に来って斯の如く言ふ事を嬉んで迎ふるのである。

と云はれた。優塡王は之を聞いて、大に嬉び、礼拝三度した。仏も三度之を受けられた。王恐る〳〵退いて其座に就
き、重ねて仏に請ふた。私の既往を顧みて見ると、年漸く長けるに至って、早くも情動き、婦人の美を思ふて止まなかった。花を見、月を見るも婦人の侍するなくては其美を知らなかった。飽まで食ひ、飽まで飲むで徒に日は日を費し、夜は夜を専らにして、女婬を貪った。既に婬妖悪気に触れて、羅網に入って居れども之を愉快として楽しんで居る。私は少しも其罪を知らない。之を知りて改めねば、罪に慣れて之を常事としてる。今更思ひ見れば哀れである。此の処にして其罪を悟らず、其行を改めねば将来必ず地獄の苦中に陥るのであらう。又恐るべき事である。只我れ一人斯の如きでなく国民中往々斯の如きもの少なくない。此等のもの及び私等今此所に女人の悪を聞いて其恐るべきを知らば、斯る罪を作り、地獄の苦中に陥る事を免るゝを得るでありませう。仏、幸に婦人の悪徳恐るべき事を説き聞かせて下さらん事を願ひまます。さらは之を広く国内に知らしめて、貞操を重んずる様にさせ
たいと思ひます。
と。仏、其言を聞いて云はれた。

王は己れの罪を悔ゆるは誠に善い事である。されども之を婦人の罪に帰してはならぬ。切りに婦人の悪徳恐るべき事を聞かんと願ふのは間違ふて居る。婦人そのものが必ず悪いのでない。火の身を焼く事もあれば、身を暖むることもある。利と害とは、之れを用ふるにあって其性質でない。夫れと同じく婦人もそのものゝ性質が甚だ悪いのでない。王の婬網に陥りて正邪を別たずして其罪を作ったのは、却て王自らの悪徳なる事を知らないのである。
之を思はなければならぬ。夫れ故茲に男子の婦人に対して慎むべき四ツの悪を物語り聞かさう。
と云ひ給ひたれば是等の事は異日聞かん事を願ひます、彼の婦人の美を見ては情動いて、如何に理を以て抑へようとするも抑へる事が出来ぬ。婦人が斯の如く心を乱らすものは我れも人も見て之を美とするからであらう。夫れ故此に婦人の美を見るもの却て醜汚なる所以を説き聞かせて下さい。さなくては、其迷を制することが出来ぬと思ひます。と請ひ求めた。仏、男子の婬の四悪を物語れば、自然に之を了解し得るであらう。宜しく之を聞け」と。王此に於て敬し慎んで之を聞かん事を願ふた。

第六 婦人に対する男子の四悪

 謹んで聞け。具に説明しよう。

世に婬夫なるがある。常に女人の美を思ふて暫くも心に忘れない。粉黛の香を尋ね、婬聲の美を求め、暫くもおかない。実に思はないではないか。彼れ婬夫の之れを尋ね、之を求めて暫くも思に絶たない処のものは、婦人仮装の美であって、却って糞尿の袋たることを忘れて居るのである。豚の床上に尿りして、自ら其臭穢を知らない愚と一般である。婦人の美が、此の様な形体計りに止まるものとしたならば、婦人程哀れなものはないのだ。決してそんなものでない。夫れを婬夫は蜜の如く甘しとし、宝の如く珍とする哀れさ、却て婦人の悪に依るにあらず男子の婬悪に惑ふが為めである。夫れを悟らないで専ら婦人を思ひ、為めに日々の業をも忘れ、商家は己れの職業を等閑にし、農家は己れの鋤鍬を擲ち、工家は己れの力行を怠り、武家は己れの武道を修めないと云ふ様な有様で、却て女欲の為めに其身を亡し、其家を毀つ様になってしまふ。此の女欲に迷ふ時は、其日々の働きも務も、皆婬欲の奴隷となって働いて居るのだ。一種の婬欲といふ其ものに支配せられて居るとすれば、哀れであって、其働き務めの結果が、少しも身の為め家の為めとならずして、一夜の夢となり終るので、之を悪道に陥り、地獄の苦に病むものと云はねばならぬ。之を男子の婬の一悪態と云ふのである。

又婬夫ありて、女婬の欲に迷ひ、其身修まらず、酒を飲み、夜を眠らず遂には病を得て、其災は自分計りでなく、子孫に遺伝する様になる。我が血液を分った可憐の子供は、親として心身の労を忘れて、之を養育するではないか。其子供の緑り髪、其笑顔に愛は漂ふて居る。肘で行き、膝で這ふ様になりて、益々其愛は加はって来る。斯くて早く太れ、早く延べと一に其成長を楽み、健康を祈るものを、何ぞ知らん、彼が生れざる以前に、親の婬悪邪行が深く彼の愛すべき子供の肉体に遺伝せられて、計らずも他日の病となると云ふことを少しも知らないとは愚の極だ。猶ほ親の婬悪邪行の振舞は子供の見分に入って意識上に遺伝を与へ、其子が成長の後又も婬悪邪行を行ふて、少しも恠まないと云ふ様になる。実に恐るべきで、斯く意識上に生理上に婬欲の毒を遺伝して、子孫を地獄の苦中に陥らしむる様な事を為すとは、子孫の愛に背く訳けであらう。之を男子婬の二悪態と云ふのである」

又婬夫あって、女婬に迷ひ溺るゝ時は、何事も女の意を迎へて、其歓心を得やうと務める。斯の如くなると、従来博愛の心に富んで、能く布施の行をもして居たものが、一度女を得て其婬欲に溺るゝと、忽ち此等の博愛心を消滅してしまふ様になる。哀れなる病者、哀れなる孤子があっても、之を救ひ助けんとするに、女の意を迎へて、専ら之に従ふので、自ら博愛の実行を廃してしまふ事となる。三尊に布施するも、亦その如くなって、少しも善根を植うることをせない様になる。女婬に溺るゝの愚は、実に哀れむべきである。之を男子婬の三悪態といふのである。又婬夫あって、女婬に惑ひ溺るゝ時は、父母の恩を忘れて顧みない事がある。父母は我れを養ひ育てられた大恩がある。子たるものは此の恩に報ひなければならぬ。夫れを女婬の為めに、その心迷ひ、妖言を信じては父母を悪し様に思ひ、父母の言葉を用ゐないのみか、之を罵詈したり、又当然為すべき養を缼いだり、遂には之を邪魔物として疎んずると云ふ様な恐ろしき所業に出づる様になる。此の様にして子たるの務めを欠き、孝養を尽さな
い。其結果は地獄の苦中に陥る様になる。哀れむべき愚と云はねばならぬ。之を男子婬の四悪態と云ふのである。

第七 迷妄を破って歓喜す

仏は猶も言葉を続けて曰ふた。

以上の婬の四悪態は、之を畢竟するに、婦人の本性悪なるの故でない。男子の婦人に対する婬悪の然らしむるのである。只婬欲よりして婦人の形骸の美を思ふ時は、婦人は一の悪魔である。男子をして恋の奴たらしめて、或は職業を忘れさせたり、毒を子孫に流さしめたり、博愛慈善の行を絶たしめたり、父母の厚恩を捨てしめさせたりするので、其の身を傷け、其家を破り禍を残して、地獄の門に誘ふ所の悪魔である。是が為めに煩悶し、之が為
めに失敗する男子は少なくないのである。恐るべきでないか。男子の婦人を見ることの、形骸の美に失して其真相を知らないと云ふことは、愚の極めである。等の見知よりして見る時は、実に婦人は人をして罪門に引入るゝの悪魔であらう。

宜しく形骸の美に迷ふことを止めなければならぬ。今日の紅顔
は明日の白骨でないか。皮膚濃かに、色白き外貌も、膿血、糞尿を包み隠して居る一つの袋たる事を知らなければならぬ。爰に痴人がある。美しき錦の袋を見て、目を錦色に奪はれ、是は善い袋なり、何か中に善い物が這入って居ると、切りに喜んで之れを翫んで居る。すると彼は其手を傷け、指を失ひ、血は流れる、痛みを感ずる。驚き悲しんで、切りに泣き喚いた事がある。夫れは袋の中に剣の這入って居る事を知らずして、只錦の袋の美しきを見て、善い物と思ふたからである。かゝる痴人の行は、之を愚と云はずして何と云ふであらうか。婬人の女色に溺れて、形骸の美を思ふものは、恰も痴人の錦の袋を翫んで傷を得るに異ならないのである。仮令美しき錦の袋あるも、其内にあるものゝ真相を知るが肝要である。婦人の美が如何に恐ろしきものであるか、我をして罪門に誘ふ
の悪魔であって、膿血、糞尿の袋たるの真相を知れば、以上の四悪態の様な恐ろしき行も、之を避くる事が出来るではないか。

斯く云ふも、婦人外形の美に対する見知より云ふものであるから、之を以て婦人其ものの本性が悪なりと思ひ迷ふ
べからずである。婦人は美しき一の婦徳を存して居る。夫れ故之に対し、是を見る事の誤りなければ、婦人も亦美しいので、女菩薩として尊ふべきものなのである。只々男子が婬の欲に迷ひ溺れて、悪徳を感ずるに過ぎない。此の理を明にして行を訂すならば、男女乱れず、貞操は松の翠の長へなるが如くであって、柳は緑、花は紅、何処迄も其天稟の美徳を発揚するのである。
と、明かに説き示された。王は之を聞いて、大に感動した。私は生れてよりこの方、斯の如き男子の婬悪、婦人の真相を明かに説き示された事がない。之迄の思、是迄の行は皆夢であった。今より之を改めて専ら三尊に帰命し奉って、婬の悪徳を為さぬ様に務め、過去の罪を亡ぼし、未来の幸福を祈りたいのであります。仏は慈眼を大にして汚れたる我が身をして救ふて下さい。と、願ふた。仏、表に笑を漂せて黙答かれたれば、王も亦地に面して、大いに感謝したのである。

(おわり)

解説

 森盲天外「優填王経」は、釈迦牟尼仏が滞在していた頃の拘深国を舞台に、富裕者・摩回提夫妻とその娘で絶世の美女・
無比が登場し、拘深国の王・優填王が登場する。興味深いのはその内容である。なぜ盲天外は数ある説話の中からこの説
話を選び、長編の翻案作品にしたのだろうか。
盲天外の著作には有名な『義農作兵衛』(明治42年6月、内外出版協会)があり、こちらも愛媛に伝わる義農作兵衛の
伝承をもとに物語化にした作品という点で「優填王経」と重なる。義農作兵衛は、実話をもとに農民を主人公にし、犠牲
的なまでの奉仕精神や一粒の種の大事さを伝えることを意図した作品だ(2)。自伝『一粒米』の思想にも重なり、非常に道
徳であるという側面から、盲天外の他の活動と重なりやすい。
一方、「優填王経」には奉仕精神や農業道徳を教える要素はない。かなり長文であるこの翻案物を語り下ろした盲天外の意図を、どう理解したらよいだろうか。仏教史の中での優填王は、仏像を初めて作った王として有名である。仏像を初めて作った優填王の物語ではなく、敢えて絶世の美女・無比が登場するこちらの説話を物語化したところに、盲天外が伝えようとした意図が隠されていると考えられるのではないだろうか。この仮説について、盲天外版「優填王経」の本文分析をする中で、根拠となる要素が分かってきた。

盲天外版「優填王経」の主題について

 盲天外版「優填王経」の構造分析をすると、摩回提が中心人物である前半と、優填王中心となる後半で場面が大きく分
かれる。全体を通して共通するモチーフは〈女性〉である。前半部分で、摩回提が無比をつれて釈迦を訪問した際に、釈
迦が説法した内容は、〈女性の容貌や肉体的魅力の無価値〉であった。また後半で、心を入れ替えた優填王に対して、釈迦
が説法する際に語るのは、「婦人に対する男子の四悪」であり、〈淫欲によって堕落するのは、男性側の問題〉という主旨だ
った。そもそも原典では、「男子の四悪」(具聽男子有四惡急所。)とあるが、「婦人に対する」という表現はない。原典で
は、女性の肉体は汚らわしいもので男性を誘惑する地獄であり、男性はその淫欲に惑わされ狂わされるということになっ
ている。しかし前述したように、盲天外版の釈迦は明確に、女性が悪いのではなく、男性側に問題があるのだと説いている 。「 婦人もそのものゝ性質が甚だ悪いのでない。王の婬網に陥りて正邪を別たずして其罪を作ったのは、却て王自らの悪徳なる事を知らないのである。之を思はなければならぬ」と自己反省を促してる。そして「夫れ故茲に男子の婦人に対して慎むべき四ツの悪を物語り聞かさう」と、男性側である優填王を戒めるように「四ツの悪」を説く。総じて、女性が悪いのではなく、男性側の問題であり、男女関係によって起こる悪徳も男性側の意識や見方の問題であるという趣旨で一貫している。これが、盲天外版「優填王経」の核心といえるだろう。


また、女性登場人物も三人描かれ、それぞれが重要な役割を持っている。まず無比は、美貌のために我儘で高慢な性格であり、増長のあまり第一王妃殺害まで指示するようになる。無比の母は、釈迦の足跡をみて気づき、無比の嫁入りをやめるよう夫を諭す。が、夫は聞く耳を持たず、自分だけ帰る。
第一王妃は、信心深く、仏に帰依し、暗殺者によって矢を射られるものの動じず、矢は王の元へ戻っていく。無比を除き、
夫より賢いのは女性であり、気づきがあり信心深いのも女性である。原典では、摩回提の妻や第一王妃は登場するのものの、結局、最後まで女性は汚れ、男性を一方的に誘惑する悪として語られる。しかし、盲天外版「優填王経」ではこれら
の女性たちは、俗物である男性登場人物たちと対照的な存在として書き分けられ、鮮明に印象付けられている。無比の美貌に振り回され、出世欲や名誉欲、色欲にふりまわされる男性キャラクター(摩回提、優填王)に比べ、摩回提の妻や第一王妃はそれらに振り回されず賢い存在として対比される。
これも、盲天外が意図的にそのように書き分けた推察される。
以上の点から、盲天外版「優填王経」のテーマは〈婦人問題〉や〈女性の地位向上〉と考えられる。

〈女性の地位向上〉と〈婦人問題〉

盲天外版「優填王経」の原稿の存在により、当時の盲天外は農業道徳や障害者福祉だけではなく、〈婦人問題〉や〈女性の地位向上〉にも意識があったと評価できる。この原稿により、盲天外は広い視点から自由や平等、人権意識を啓蒙しようとしていたとわかり、市民の意識を啓蒙しようとする啓蒙思想家としての彼の意図も明らかになったともいえるだろう。
盲天外のこれらの幅広い視野や啓蒙意識を理解する上で鍵となるのが、明治啓蒙思想や自由民権運動、そして当時の社会的な動きである。明治啓蒙思想では、福沢諭吉が『日本女子論』( 明治18年)をまとめて封建的な男女観を批判し、女性
の地位向上を説き、中村直正も「善良ナル母ヲ造ル説」(「明六雑誌」1875年)で女子教育の必要を説き、東京女子師範学
校の初代校長となっている。『明六雑誌』紙上でも、論客により婦人の問題について活発に議論がなされていた。また女性
の参政権について、自由民権運動家の植木枝盛が運動を牽引していた。このような当時の一連の流れは、明治以前には皆
無だった女子教育や女性の人権意識・地位向上の発露といえるだろう。また、『女學雑誌』(1885・明治18年)に始まり、
『婦人画報』(1905・明治38年 )、『婦人世界』(1906・明治39 年)、『婦人之友』(1908・明治41年)、そして明治44年
に『青鞜』が創刊されている。多くの婦人雑誌が創刊されたことからもわかるように、当時は女子教育や婦人問題、女子
啓蒙の意識が非常に活発化していた時代背景もあった。また、「優填王経」の主旨が、女性を肉体的魅力のみで扱い、男性
が淫欲や色欲に溺れる悪弊を説いていることから、当時の廃娼運動の経緯もふまえてこの説話を選んでいる可能性も考え
られるだろう。
「優填王経」は女性の自立や地位向上を直接的に語ってはいないが、それ以前の前提として、男性側の意識を批判し、
男性に自己反省を促すことが主旨となっている。そして、美貌とは関係なく、自らの考えで賢い行動を選んだ人物として
女性登場人物も配置され、女性がより賢い存在として描写されている。盲天外は仏教説話を用いながら、より市民に伝わ
りやすい語り口で、自らの考えを伝えようとしたのではないだろうか。以上のことから、本作品は〈女性の地位向上〉〈男性の意識改革〉を意図した啓蒙的な翻案物語と評価できるだろう。

おわりに

 盲天外版『優填王経』について分析を進めてきたが、最後にもう一つ検討すべき点がある。それは、盲天外の創作過程
である。本作の執筆に際して、彼は大蔵経の経典を何度も他者に朗読してもらい、その内容を記憶し、自身の頭の中で再
構成したうえで、独自の物語として語り下ろしたと推測される。原典を直接読むことができず、また手元に置いて確認す
ることも不可能な状況で、これだけの長文を創作した過程をどのように評価すべきだろうか。
本作には、その作者が盲人であることを示す手がかりはなく、語り口の巧みさや表現の細やかさは、当時の文芸雑誌に
掲載されても遜色ない水準である。このような創作が可能だった背景には、盲天外の卓越した記憶力と文才があったと考
えられる。失明後、多くの人は活字や文字による表現に制約が生じ、他の表現方法を模索すると思われるが、盲天外は口
述筆記という手法を駆使し、自身の言葉で数多くの原稿を書き上げ、出版に至っている。この点に、彼の表現への情熱と
志の高さが強く表れている。盲天外の口述筆記による草稿を確認すると、修正箇所が非常に少ないことがわかる。彼がメ
モを用いることなく、脳内で文章を整理し、そのまま語り下ろしていたことを想像すると、その能力の非凡さが際立つ。
また、本作は他の彼の作品と異なり、物語調の文体を採用しており、文芸創作としての色合いが濃い作品である。『優填王
経』は、盲天外が小説的な文章を書く才能を持っていたことを示す重要な例といえる。同時代に盲人が創作活動を行って
いた事例は極めて稀であり、盲人による文芸創作がどの程度存在していたのかを調査し、比較検討することは今後の課題
である。
また、森盲天外の思想や言説には、明治啓蒙思想や自由民権運動といった当時の思想潮流との深い関連が認められる。
彼の思想がどのように同時代の影響を受け、そこから独自の思想として発展したのかについても、さらなる調査が必要である。これらの課題を解明することで、盲天外の創作や思想の意義が一層明らかになるだろう。

脚注

(1)「森盲天外「優填王経」(新出資料)①」(『新居浜工業高等専門学校紀要』60巻、新居浜工業高等専門学校、2024年1月)
(2)義農作兵衛は1688年~1732年に現在の愛媛県松山市松前町に実在した農民。享保の大飢饉の際に、自らは何も食べるものがなくなっても種麦を食べずに残すという犠牲的行為により、世のため人のために翌年の種麦を残したという逸話が残る。松前町ホームページ「郷土の偉人 義農作兵衛」
(https://www.town.masaki.ehime.jp/site/ginou-sakubei/)
(3)「新出資料・森盲天外の「盲人の読書難」について」(『新居浜工業高等専門学校紀要』58巻、新居浜工業高等専
門学校、2022年1月)
(4)“SAT 大正新脩大藏經テキストデータベース”(https://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/)を使用し、「SAT 大正
新脩大藏經テキストデータベース2018版 (SAT 2018)」で検索し、件名「優填王経”OR”優塡王経」でヒットした中か
ら、大蔵経の寶積部・涅槃部第12巻に「佛説優填王經」の文言を参考に内容を検討した。
(5)原典では「禀氣匈頑忿戻自恣無忍辱心。三毒不除惡行快意。順女妖邪不知其惡。自惟壽終必入地獄。願佛加哀廣説女惡魑魅之態。入其羅網尠能自拔。吾聞其禍必以自誡。國民巨細得以改操。」とある。

参考文献

[1] 『一粒米 付俳句俳論・天心園』愛媛文学叢書刊行会編、青葉図書〈愛媛文学叢書 2〉、 1990年6月、復刻増補
版。
[2] 一粒米の会編「講演・講和 資料 第1集」一粒米の会、2021年
[3]『大蔵経:大日本校訂(縮刷蔵経)』弘教書院、1885年
[4]「SAT 大正新脩大藏經テキストデータベース2018版
(SAT 2018)」“SAT 大正新脩大藏經テキストデータベース”
(https://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT/)

【付記】本研究はJSPS科研費 JP20847933の助成を受けたものです。

【付記】
本研究は、科研費の助成金によって作成されました(JSPS科研費 22K00357)。
This work was supported by JSPS KAKENHI Grant Number 22K00357.

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